備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

平均勤続年数の変動とその要因

8月4日の日経新聞『働き方innovation データを読む』では、簡潔に整理すると、

・日本の働き方は(欧米と異なり)終身雇用を前提としたメンバーシップ型。一般労働者の平均勤続年数は平成以降も伸長。
・根強く残る賃金の年功制はメンバーシップ型を補強。
経団連はメンバーシップ型の綻びが見え始めたことを指摘。コロナ禍の中(上司の指示の下働く)メンバーシップ型はテレワークに適さず、主要企業はジョブ型導入を表明。
・経営環境が変化する中、終身雇用はむしろ危険。専門性を培うジョブ型は働く側にも利点。

と述べている。記事への意見は留保しつつ*1、ここでは(記事がいうように)平均勤続年数は本当に上昇しているのかをデータをもとに確認してみたい。記事では一般労働者(概ねフルタイム労働者の相当)の1980年代以降の平均勤続年数(性別)を取り上げているが、ここでは(より趣旨に沿う意味で)一般労働者のうちの「雇用期間に定めのない正社員・正職員*2」のデータを用い、2010年、2015年及び2019年の3時点での比較を行う。なおデータの出所は記事と同様、厚生労働省『賃金構造基本統計』を用いた。

年齢階級別、学歴別平均勤続年数の変動

先ず、年齢階級別に平均勤続年数の変化をみると、全体では記事が指摘するように平均勤続年数は上昇しているが、35歳未満では逆に低下している。また60歳以上では、2010年から2015年にかけ制度改正による高年齢者の継続雇用が進んだと思われ、平均勤続年数は大幅に上昇した。35〜59歳では、2010年から2015年では平均勤続年数は低下したが、2015年から2019年では逆に上昇した。

つぎに、学歴別に平均勤続年数の変化をみると、中卒では勤続年数は大きく低下しているが、その他の学歴では上昇している。ただし大学・大学院卒の2015年から2019年は若干低下した。

平均勤続年数変動の寄与度分析

ここからが本稿の本旨である。平均勤続年数は(概ね)当然の帰結として、年齢が高いほど長くなる。このため労働者の年齢構成が高年齢層に偏る傾向が強まれば、(仮に各年齢別の平均勤続年数に変化がなくとも)上昇する。この労働者の年齢構成変化に伴う平均勤続年数伸長分を切り離し、純粋な平均勤続年数の変動をみるため、下式により寄与度分析を行う*3

 
\begin{align*}
l_t - l_{t-1} &= \sum_i(l^i_t - l^i_{t-1})\cdot e^i_{t-1} + \sum_i(e^i_t - e^i_{t-1})\cdot (l^i_{t-1} - l_{t-1}) \\
 &+ \sum_i(l^i_t - l^i_{t-1})\cdot (e^i_t - e^i_{t-1})
\end{align*}

ただし、lは勤続年数、eは労働者ウェイト、tは時点(2010年、2015年、2019年)を示す添字、iは属性(性\times年齢階級\times学歴)を示す添字、とする。このとき、右辺第1項は(平均勤続年数の差に対する)純粋な勤続年数の寄与、同第2項は労働者の年齢等構成変化の寄与、第3項は交差項となる。その結果は次のようになる。

純粋な勤続年数の寄与は両時点間ともにマイナスであり、表向きの平均勤続年数の伸長は、労働者の年齢等構成変化に帰すべきものであることが明らかとなった。さらに年齢階級別に寄与度の大きさを比較すると、若年層よりも35〜59歳の中高年層で勤続年数のマイナス寄与が大きくなった。ただしこれは同層の労働者構成比の高さを踏まえれば当然の帰結でもある。

まとめ

今回取り上げた日経新聞記事では、日本の(終身雇用を前提とした)雇用慣行にはこれまでのところ変化がみられないとし、そのエビデンスの1つとして、平均勤続年数の継続的な上昇を指摘していた。しかしそれは労働者の高年齢化が進んだこと等による見かけ上のものであることがわかった。

日本の雇用慣行の変化に関しては、既に入職し現行の雇用慣行の下で働いている者と、これから新たに職に就こうとする者を分けて考えた方が良いように思われる。例えば下のサイトによれば、東大生に人気の就職先は30年前とは様変わりし、2018年は「トップ30のうち14社はコンサルティング会社」で、特に外資コンサルティング会社の人気が高まったとしている。

『東大生の就職先ランキング30社!中央官庁や外資系コンサルが人気!』(cocoiro career)

また、「第三次人工知能ブーム」の最中ということもあり情報科学・計数工学系学科の人気が高まっているが、これらの学科の特に大学院卒者の場合、(かつての)外資IT系人気から現在はベンチャー系人気へ移行している、あるいは起業志向が強い等指摘する声が聞こえてくる。そうした傾向が強まれば、当然、伝統的な新卒採用慣行を続ける企業の採用戦略には不利に働くわけで、実際、大手SI等では特殊タレントを持つ新卒者に対し既存の賃金表に捉われない条件を提示するケースもあるようである。一方、同企業では50歳台前半層で既に厳しい役職定年を敷いているという話も聞こえてくるので、上述のような採用慣行の見直しも総額人件費管理の枠内でのことなのだろうとは思われる。

もちろん上記のような話は、国全体としての雇用慣行や新卒採用慣行にまで影響することではなく一部の特殊な事象に過ぎない可能性もあり、また「第三次人工知能ブーム」もいずれは終焉する可能性が高い。一方で今回みた寄与度分析では、平均勤続年数の(純粋な)低下傾向は少なくともここ10年ほど続いており、それはむしろ(日本の労働者のコアな部分を占める)中高年層がもたらしている。雇用慣行が変わるとすれば、入口の採用慣行のところから(表向きは)話が目立ち始めるであろうが、それに先行し(表からは見えない形で)コアな中高年層のところに既に変化が生じることになり、その兆しが見え始めている、というのが現下の実態であるように推察される。

*1:例えば、「ジョブ型であっても上司の指示の下働くことに変わりはないのでは」、「ジョブ型であっても長期雇用慣行を継続することは可能なのでは」等疑問は生じるが、こうした個別の意見はここでは記載しない。

*2:「正社員・正職員」は事業所における呼称による。

*3:以下の分析の構成変化要因には、実際には年齢構成の変化だけでなく、高学歴化や男女別構成比の変化の影響も含まれる。