備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

今年の10冊

恒例のエントリーです。以下、順不同で。

ケネス・アロー村上泰亮訳)『組織の限界』

組織の限界 (ちくま学芸文庫)

組織の限界 (ちくま学芸文庫)

アローといえば、一般均衡理論におけるアロー=ドブルー・モデルや「アローの不可能性定理」によって知られるが、本書では、(サイモンやウィリアムソンにみられるような)組織の経済学について主に論じられる。組織の経済学では取引費用の概念が中心を占めることが多いが、本書の議論で中心を占めるのは情報の不完全性やシグナルである。また、ジェイコブス『市場の倫理 統治の倫理』にある取引を可能にする前提としての倫理の問題が(一部先取りして)論じられている箇所があり、「他人への一定の配慮を払うことに関する暗黙の協定」が「社会の存続にとって不可欠」と述べられている。ジェイコブスからアセモグルへと連なる議論が、すでにここに仄めかされている、という印象を持った。「不可能性定理」、あるいは訳者である村上泰亮と著者との関係については、最後の坂井豊貴解説は短いながらも一読の価値がある。
 

グレン・グリーンウォルド(田口俊樹、濱野大道、武藤陽生訳)『暴露 スノーデンが私に託したファイル』

暴露:スノーデンが私に託したファイル

暴露:スノーデンが私に託したファイル

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シン=トゥン・ヤウ、スティーブ・ネイディス(久村典子訳)『宇宙の隠れた形を解き明かした数学者 カラビ予想からポワンカレ予想まで』

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甘利俊一『情報理論

情報理論 (ちくま学芸文庫)

情報理論 (ちくま学芸文庫)

情報量とは、組合せ理論と「情報量の加法性」から自然に生じる概念であることが、わかりやすく述べられている。統計学との繋がりも自然なものにみえてくるし、時系列の定常性の重要性も「確かに」となる。取り敢えず第2章まで。
 

甘利俊一『脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす』

脳科学人工知能機械学習)を関連させつつコンパクトに整理。加えて最終章で「心の理論」が簡単に論じられる。
 

マイケル・ガザニガ(藤井留美訳)『〈わたし〉はどこにあるのか ガザニガ脳科学講義』

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馬場真哉『RとStanではじめるベイズ統計モデリングによるデータ分析入門』

実践的内容に特化しており、(近年、話題となった感染症に関するSIRモデル等の)力学系モデル一歩手前といった内容。回帰モデルと時系列モデル(特に、状態空間モデル)について詳しい。ただし、ARモデルの定常性、MAモデルの反転可能性等時系列分析の理論的側面に関する説明は少ない。逆に言えば、理論的な説明にはやや抵抗があり、まずは機械を動かしたい、という向き(自分を含む)には最適である。なお、力学系モデルを含んだ本書の類書、ないし本書の続編があれば、ぜひ買いたいと考えている。
 

沖本竜義『経済・ファイナンスデータの計量時系列分析』

時系列モデルに関する「理論と実践の繋ぎ」という観点から最良の書であり、コンパクトながら広い範囲を網羅している。一般的な計量経済学の教科書では端折られる説明が明確に記述されている印象がある。コンパクト性を重視しているためか、理論の詳細はHamilton(1994)に譲る。
 

竹田いさみ『世界史をつくった海賊』

エリザベス朝以後の海賊と国家の関わり。欧州の小国であったイングランドが大国になるきっかけを作ったのが海賊ビジネスであったとする。奴隷貿易と女王の関係についても記載があり、タイムリーな議論に繋がる。
 

<番外編>

菅野和夫『労働法 第十二版』

労働法 (法律学講座双書)

労働法 (法律学講座双書)

昨年購入。痒い所に手が届く理論書であると同時に「一家に一冊」的な実用書でもある。第二版と見比べ如何に「厚み」が増えたか、歴史を振り返って感慨深くもある。今年は親族からの労働問題の相談で本書の助けを借りたほか、受講した各種講習内容の振り返りにも役立った。労働法学とは、学説や判例・裁判例と共に「生きた」学問であり、実務の世界と相交わりながら「成長」する学問であることは、本書を引くまでもなく理解できる。個々の条文をそのまま読むだけでは解釈上の限界に突き当たり、社会・経済、労働環境が変化すれば、目的や立法意思に立ち帰り、解釈を変えることも必要になる。

一方で、法学の世界に感じる一種、過度な「無謬性」文化には、これが少しは緩和されより柔軟になれば、世の中、少しは風通しがよくなり、つまらないことで大騒ぎする機会も減るのでは、と感じる今日この頃でもある。(さはさりながらgithubに搭載された(法令を含む)「社会のコード」が民主的に運営され、無数のcommitがアルゴリズムによって処理される中、逐次、誤謬が修正される、あるいは改正事項がまとめてバッチ処理される、といった極端な世界も空恐ろしくはある。)