2023年11月刊。動学マクロモデルにカオス理論を応用することで、生産性ショックに依らず、マクロ経済の内生的変動が生じることを理論化。定常過程における通常の経済活動の中でも、ジュグラーサイクル/設備投資循環は生じ得る。離散的な状況を示すトイモデルから、非線形的、カオス的な動きが生じるところは興味深い。
本書の内容
第Ⅰ部では、RBC、NKなど代表的個人モデル、家計のパレート分布とそれを内生する異質的個人モデルのアイヤガリ(ビューリー)・モデル、クルセル・スミス・モデル等を取り上げる。
家計所得のパレート分布は冪乗則(冪乗分布、で標本平均が発散)であるが、家計の99%は対数正規分布(当該確率変数の対数が正規分布に従う)で近似できる*1ため、これまで、実証の対象とはならなかった。一方、近年は、ミクロ課税データへの研究者のアクセス可能性が高まったこと等から、家計所得のパレート分布はマクロ経済モデルに急速に取り込まれるようになった(p.72)。家計所得の冪乗則と労働の資本性が高まる(あるいは人的資本として資本の一部になる)ことを考え合わせれば、その含意は格差論にとって非常に重いと言えるだろう。
第Ⅰ部の終着点であるクルセル・スミス・モデルは、資産・就業の状態を確率分布とする。計算の過程で、資産分布の代わりに1次のモーメント(平均)を使用、他人の資産分布は観察できないが、総資本K、集計リスクAは観察可能とする限定合理性の状況を表現する。
数学補論では、ジッブ則(冪乗則の一つ)の生成モデル、また、アイヤガリ・モデルを素材として、予算制約下の効用最適化に基づく消費の経路から、期待効用(割引現在価値)を表現する価値関数を定義。これをもとに、ベルマン方程式、
を定式化、動的計画法により政策関数を導出する典型的な定量的マクロモデルの数値計算手法を説明する。なお、ベルマン方程式では、状態変数ごとにを求める汎関数方程式であるが、縮小写像の定理により、当て推量から不動点(解)への収束が約束される。
第Ⅱ部からは数理モデルが複雑化し、しだいに理解が困難になるが、それでも冪乗則と均衡理論の含意(複数均衡と非決定性)が得られる配慮ある記載がされる。正規分布は平均と分散、すなわち2次のモーメントまでで完全に決定するが、冪乗則は4次のモーメントである尖度が高く裾が重い。冪乗則を生み出す「架空プレイ」の戦略的補完性との関係は興味深い。その含意は、複数均衡やサンスポット均衡の可能性にもつながる。
これまでの経済学における汎関数を利用した最適化は、解析力学との相性のよさを感じさせる一方で、著者は、統計力学の経済分野への応用に言及。資産市場における希少性効果と情報効果についての説明は直感にフィットし、ケインズの美人投票を用いた説明もわかりやすい。
終章では、平時に起こる一定のマクロ変動を受容する必要性、高インフレが高ボラティリティを生むことで厚生損失をもたらす可能性*2、日本における不均衡理論の系譜学とそれによってもたらされた課題などへと続き、これだけでも読む価値はある。