備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

玄田有史、連合総研編『セーフティネットと集団 新たなつながりを求めて』

 2023年5月刊。日本のセーフティネットは、2008年の世界金融危機、また同年末の「年越し派遣村」を契機に非正規雇用者の労働条件が社会問題化したこと等を受け、無料の職業訓練と給付金からなる求職者支援制度等のいわゆる「第二のセーフティネット」が創設されたことで、雇用保険制度(雇用調整助成金や失業等給付)と生活保護制度という二つのセーフティネットの間を求職者支援制度等の「第二のセーフティネット」が補完する三層構造の仕組みとなった。非正規雇用者は、雇用保険への加入資格があっても受給の要件を満たさないことが多く、失業者のうち失業給付を受給している者の割合は3割にも満たないとされている(長期的にも低下傾向)。一方、生活保護は税財源により給付が行われるが、資力を持たない生活困窮者に限られ、スティグマ効果を持つ他、(本書の74頁の図表2-2を見てもわかる通り)一度制度の対象になると、そこから抜け出すことは難しいことが推察される。

今後の論点

 こうした背景から整備された「第二のセーフティネット」には、求職者支援制度の他、生活困窮者自立支援制度が生活困窮者の包括的な支援を行う仕組みとなっている。ところが2013年以降、雇用情勢が改善する中では、求職者支援制度の利用者はしだいに減少し、足許のコロナ禍でも増加幅は小さい。本書では、求職者支援訓練の応募倍率と就職率の関係を示し(50頁、図表1–7)、今後、経済にとって望ましい労働移動を企図するのであれば、職業訓練だけでなく、賃金や処遇の改善に踏み込むことも重要であると指摘する。
 その他の制度をみると、生活困窮者自立支援制度の枠組みでは住居確保給付金、また緊急小口資金、総合支援資金の特例貸付がコロナ禍における生活困窮世帯への経済的支援として活用されたことがわかる(79頁、図表2-4)。後者については、今後、返済をしつつ生活を再建する努力が利用者に求められ、そのための支援も必要となるだろう。

 さらに、今般のコロナ禍では、非正規雇用者よりもさらにセーフティネットが弱く、労働法の枠外に置かれるプラットフォームワーカーやフリーランス等の問題が指摘され、本書の第1章でも、そうした働き方と(財源の在り方を含めた)現行制度との齟齬が問題点として指摘されている。また一方で、現行の雇用保険制度は様々な趣旨の異なる給付を抱え込み、育児休業給付のように少子化対策の趣を強める給付や、専門職大学院のようなセーフティネットとしての性格を超えた給付が含まれる*1
 総じていえば、雇用の安定性が脆弱でそれを最も必要とする労働者のセーフティネットが最も弱く、制度の切れ目や谷間が存在することが、これからの課題として浮かび上がる。

 本書はさらに、社会的孤立*2、単身高齢者の低年金・無年金問題、地域医療構想の停滞、多様性と集団化の関係など、今後、議論が必要となる論点を広く提示する。一方で、セーフティネットにはその支え手が必要であり、第2章では疲弊する現場の問題が取り上げられている。今後も少子高齢化が進む中、持続可能性のあるセーフティネットと、それを土台として支える雇用・労働慣行はどう在るべきなのか、個々人のインセンティブも含めて考えた場合、なかなかに深い問題が潜むものだと考えている。

(参考エントリー)

traindusoir.hatenablog.jp

*1:雇用保険制度については、以前取り上げた酒井正『日本のセーフティネット格差』も参照。

*2:孤立感の高い人の属性は、未婚・離別者、20〜30歳台、派遣労働者、失業者、世帯収入が低い層などである。