国家公務員総合職試験の申込者数は、少子化も相まって減少傾向にあり、社会的にも、近年は公務員の賃金の低さや拘束時間の長さが問題視されるようになっている。これらの問題は、国家公務員の早期退職者の増加に影響していることは、ほぼ確実とみられる一方、志願者の減少、なり手不足といった点に直接結びつくかは定かでない。
当ブログでは、これまで、東京大学学部卒業者のうち法学部、経済学部に絞り、近年の公務員志願者の動向をみてきた。
本稿では、足許の数値を加え、改めて近年の志願動向を確認する。さらに、人事院が公表する総合職試験の実施結果を足許と5年前で比較し、試験区分別にみた志願動向の違いについても確認する。
これらの分析からわかるのは、国家公務員としての「コアな職種」と、他の業種と競合する「非コアな職種」では、志願動向に大きな違いがあることである。また、この違いは国家公務員という職業に限るものではなく、他の業種に属する日本企業(特に大企業)でも、同様に生じているであろうことが推察される。
今後、少子化が進む中で、日本の労働市場全体の最適化を考えた場合、それぞれの企業・組織に「コアな職種」というものが存在する、いわゆる「メンバーシップ型雇用」を前提とする「閉じた」企業・組織が生き残ることは想像し得ない。近年、日本企業が取り組む「ジョブ型雇用」についても、当該組織の内側に「コアな職種」と、その限りでの内部労働市場が存在する限り、その改革は「まがい物」に過ぎないであろう。
東京大学学部卒業生の公務員志願動向
まずは、東京大学学部卒業生の公務員志願動向を確認するが、過去のエントリーでも指摘したとおり、国家公務員試験の受験者には試験に合格しても就職を希望しない者が、理科系を中心に多数存在する。ここでは法学部および経済学部の卒業生の進路から、国家公務員志願者の割合を確認する。
最初に法学部のデータをみると、「大学院志願」や「その他」の変動があるため、就職者そのものも年ごとに変動するが、その中での公務比率は概ね3割を超え、比較的安定した動きをしている。このデータをみる限り、近年、国家公務員志願者が減少していることや、その中でも東京大学出身者の割合が減少している、といった事実を垣間みることはできない。法学部卒業者に関しては、その進路として、国家公務員は引き続き安定した位置を占めていると考えられる*1。
一方、経済学部のデータでは、法学部の場合とは全く異なる風景をみることができる。2016年以前は11~19%程度で変動していた公務比率が2017年に半減、さらに2020年にも半減し、その後は概ね数%で推移している。このように、経済学部卒業者では、公務員は主要な進路とはいえない状況となっている。
経済学部卒業者の就職先は、産業別には金融、保険業が他を圧倒して多い。これらの産業では、経済学部出身者が、その組織の中での「コアな職種」となっているものと考えられる。一方、国家公務員は、時代が変化する中、政策コンサル的な性格が重要になっているが、法制度に係る技術的な知識も必要であり、こうした側面からは、引き続き法学部出身者の優位性は高いものと想像できる*2。
国家公務員総合職試験の結果からみる試験区分ごとの違い
本稿の前半では、東京大学学部卒業者という限られた範囲で、労働市場の売り手側から公務員志願者の動向をみたが、後半では、人事院のデータから、国家公務員志願者全体の動向を確認する。
人事院では、毎年6月頃に国家公務員総合職試験の結果を公表する。最近は、採用時期の多様化や中途採用者の増加、試験区分の見直しなどが行われ、過去と継続的にデータを比較することは困難になっている。また、人事院のサイトから引用できる情報も限られているため、足許2024年の結果と、5年前の2019年の結果を比較してみることとする。
さらに、総合職試験は院卒者試験と大卒程度試験とに分かれるが、前者は法律と経済を分けた区分とされておらず、申込者数も、特に法文系で少ないことから、ここでは大卒程度試験に限ってみることにする。
結果をみると、前半でみた東京大学学部卒業生の動向と全く同じ風景がみえてくる。法律は、そもそも申込者数が多いことから、この5年間に申込者数が1,631人減少しているものの、合格者数も減少しているため倍率はむしろ上昇し、法学部卒業生にとって、国家公務員総合職試験は引き続き難関であることがわかる。一方、経済学部卒業生にとって、倍率は大きく低下している。加えて、そもそも倍率は法律の方が高く、足許では、法律24.7倍、経済7.7倍と極めて大きな較差が生じている*3。
人間科学、理工系、農学系については、経済と同様、申込者数は大きく減少しているが、合格者数はむしろ増加している。このため、倍率の低下はより大きく、特に農学系では足許2倍台となっている区分もある。
経済の申込者数減少には、金融など他の業種との競争力が低下したことが働いていると考えられる。また、理工系などその他の区分では、管理職ポストの少なさから国家公務員を敬遠する傾向は以前からあり、少子化や売り手市場の中、その傾向がさらに際立ったことが窺える。
日本的雇用慣行の限界
近年、国家公務員志願者の減少、なり手不足、離職者の増加等が報道され、一種の社会問題となった感もあるが、試験区分、ひいてはそれを引き継ぐ職種(人事系統)の別にみると全く異なる風景がみえてくる。国家公務員としての「コアな職種」に連なる法律は引き続き難関であり、倍率はむしろ高くなっている。一方、経済では倍率の低下が著しく、その他の区分では、申込者数が減少する中で合格者数をむしろ増加させている。
このことは、つぎのように考えるとわかりやすい。本稿の筆者は、伝統的な日本企業について、つぎのような考え方を持っている。
- 各業界にNo.1の企業が存在し、当該業界の団体はその企業が主導、業界の利害を代表する行動をとる。そうした企業には優秀な人材が集まるため、No.1の企業では、自身が成長する可能性も高まる。当然、労働条件は当該業界の中で最も恵まれている。
- 各組織には、それぞれ「コアな職種」があり、当該職種の就けるポストは多く幅も広い。「コアな職種」で採用されれば自身が成長する可能性も高まり、定期昇給を通じ、労働条件も恵まれたものとなる。
国家公務員総合職に当てはめると、最初の事項に相当するのは財務省(たぶん)、後の事項に相当するのは法律職となるだろう。一方、経済職の場合、それが「コアな職種」となる別の業界に進んだ方がメリットは大きい、という結論になる。
では、企業・組織の側からみた場合、必要となる「非コアな職種」はどのように採用すべきか。少子化が進む中、この課題を現在の雇用システムの枠組みで解決することはますます困難になると思われる。1995年に当時の日経連が公表した『新時代の「日本的経営」』では、いまとなっては悪名高き「雇用ポートフォリオ」という考え方が示された。具体的には、①長期蓄積能力活用型グループ、②高度専門能力活用型グループ、③雇用柔軟型グループという3つの雇用類型を提示したが、その後の経緯は、①に関し少数精鋭化を進める一方、③の構成比は大きく拡大、その一方、②は存在すら確認できない、というものであった。「非コアな職種」は、ここでいう②に相当するものとなるが、日本的雇用慣行の中では存在し得ないものであることは、図らずも、歴史が示したことになる。
近年、日本企業が取り組む「ジョブ型雇用」についても、当該組織の内側に「コアな職種」と、その限りでの内部労働市場が存在する限り、その改革は「まがい物」に過ぎない。日本の労働市場全体の最適化を考えた場合、組織単独で人材確保を図るのではなく、当該人材の「横」の労働市場が構成されることが望ましい*4。
そうした「横」の労働市場が形成されるまでの間、若年労働者の採用、特に優秀な人材をめぐる競争において、日本の企業・組織が、外銀、コンサル等の後塵を拝する状況は続くであろう。
(参考)
- 東京大学『入学案内2025』(https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400244252.pdf)
- 人事院『2019年度国家公務員採用総合職試験の合格者発表 資料1』(https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/kisya/1906/sougousaigou.html)
- 人事院『2024年度国家公務員採用総合職試験(春)の合格者発表 資料1』(https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/kisya/2405/2024sougousaigou.html)
- 日経連『新時代の「日本的経営」』(1995)
- 青木玲子他「鼎談 ビジネスと政策の現場で活きる経済学」(日本評論社『経済セミナー増刊 進化するビジネスの実証分析』(2020)所収)