ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

真の失業率──2021年3月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 3月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.6%と前月より0.3ポイント低下したが、真の失業率(季節調整値)は3.4%と前月(3.4%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する2月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

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真の失業率──2021年1月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。今回は、推計の基礎となる潜在的(均衡)労働力率を2020年まで延長推計した上で、2021年1月までの結果を過去に遡って再計算した。

 まず年間の結果をみると、2020年の真の失業率は3.8%と前年より1.4ポイント上昇した(公表値である完全失業率は2.8%と前年より0.4ポイント上昇)。前回推計値と比較すると、若干の上方改訂となった(2019年は2.4%で改訂なし)。

 つぎに1月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月より0.1ポイント低下したが、真の失業率(季節調整値)は3.5%と前月(3.5%)と同水準となった。完全失業率は(当面)ピークを打ったとみられる。(12月の真の失業率(季節調整値)は、前回は2.6%としていたが、改訂および季節調整により足許で0.9ポイント程度上振れし3.5%となった。)

 所定内給与と消費者物価の相関に関する12月までの結果は以下のようになる。今月は、物価が変わらない中、賃金は上昇した。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

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真の失業率──2020年12月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 12月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月と同水準、真の失業率(季節調整値)も2.6%と前月(2.6%)と同水準となった。完全失業率は(当面)ピークを打ったとみられる。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する12月までの結果は以下のようになる。今月は、賃金、物価ともに低下した。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

酒井正『日本のセーフティネット格差 労働市場の変容と社会保険』

 主として「就業」及び「格差」の観点から、日本の(広義の)セーフティネットについて、筆者自身の研究も交えつつ、近年の政策研究をサーベイする。日本のセーフティネットは、主として(労働保険を含む)社会保険によって担われるが、本書は、両立支援、高齢者雇用、若年者雇用、職業訓練、就労支援等セーフティネットに関わる制度を広く取り上げる。社会保障について、本書は、「働けない」リスクに対応するもの、と位置付ける。
 両立支援に関する章は、取り上げられる論文等が豊富で内容が充実しており、近年、この分野の政策研究が盛んであったことがわかる。一方、若年者を中心とした就労支援政策については、日本では、政策研究がまだ十分に進んでいないようにみえる。
 本書の特徴的な点をあげると、社会保険の事業主負担に関する「帰着問題」、客観的な証拠に基づく政策形成(EBPM)について、それぞれ一つの章を割いて取り上げていることである。特に後者については、(類書にみられる)因果推論に特化した説明とは異なり、エビデンスの活かし方、そもそも活かすべきか等にかなり踏み込んだ内容となっている。
 「日本のセーフティネット」と謳う一方で、最低賃金生活保護等必ずしも十分な記述がない分野もあるが、本書が取り上げる政策範囲には一定の広さがあり、またその内容も深い。政策課題が目まぐるしく変化する現代にあっても、少なくとも今後数年間の「耐性」を持つと思われる。一方で、具体的な分析・推計の手法まで踏み込んで理解したい場合は、原典の論文等にあたる必要がある。
 あとがきによれば、筆者は大学と大学院を通じ樋口美雄(慶応大学教授)に指導を受けたとのことであるが、本書の構成は2001年(約20年前)に刊行された以下の本を思わせるもので、同書のはしがきには筆者の名前も記載されている*1

雇用と失業の経済学

雇用と失業の経済学

*1:ただし、本書が研究サーベイに重心を置くのに対し、同書はデータ分析が中心で法制度への言及も多く、より政策志向性がある。

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浜田宏、石田淳、清水裕士『社会科学のためのベイズ統計モデリング』

 「社会科学のための」と謳われているように具体的な政策分析事例を取り上げ、加えて「文系人間」でも数式展開を追えるよう丁寧に説明される。統計モデリングに関しては、いまも一般化線型モデル(GLM)を最尤法で推定するのが一般的かつ説明も容易であると思われるが、本書をひと通り読むと、(GLMでは得られない)ベイズ統計モデリングの「威力」を徐々に垣間見ることができるようになる。(各種の記述統計から回帰分析、P値へと進む)一般的な頻度主義統計学に係る記述はなく、情報量、エントロピー(平均情報量)、カルバック=ライブラー情報量(擬距離)、汎化損失、自由エネルギー等の情報理論に関係する概念が最初の段階で取り上げられ、これらが統計モデルの推定と評価において重要な役割を果たす。

 「自分でモデルをつくるという作業は知的で楽しい経験」[p.8]であるが、客観的に妥当なモデルを「一から」構築するのは容易ではない。GLMの場合、既に活用されているモデルがあれば、それを使うのが(恣意性が低く)説明も容易になりがちである。
 一方、そのモデルの実証可能性が高いのは何故か、そのメカニズムを明らかにするのは容易ではない。ベイズ統計モデリングでは、データ生成メカニズムを「トイモデル」により明確化することで、統計モデルの「ミクロ的基礎付け」が可能になる。

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柄谷行人、浅田彰『全対話』

 1980年代から90年代にかけての対話を集約しており、以前、何処かで読んだことのある文章がほとんど*1バブル崩壊金融危機以前の時代性が色濃く感じられ、長期停滞期を経た今とは文脈が異なる。加えて、経済学的な視点からみると、現在の論壇水準から乖離した「稚拙」さがある*2。「グローバリズム」という概念は未だなく(もしくは意味合いが異なっており)、それが現れる直前の極限点に思考を進めるが、現在の視点からすれば日本的「ポスト資本主義」といったものにリアリティは感じない。
 日本的「コーポラティズム」批判にしても、そもそも、日本には「主体」がなく関係主義的なので「コーポラティズム」も容易なのだ、といった物言い自体、唯物的ではない。日本の雇用システムは、幾度かの批判の反復を繰り返しつつ、その都度柔軟かつ漸進的に変化している。女性差別に関する発言を読めば、この30年間で「日本もだいぶ変わったな」との印象を誰もが持つだろう。一方で、「個人の罪が親類にまで及ぶ」、「封建的な恥の文化とそれに基づく相互監視システム」[p.174]という指摘については、現在の日本でも然程変わってはいはない。むしろネットで検索が容易になった分、赤の他人から家族や親族の素性を暴かれることすら珍しくはない。最近では、家族の新型コロナが職場等に広がり、その地域に住むことができなくなった事例なども聞く。よく韓国の庶民が持つ「恨の文化」が指摘されたりするが、日本の庶民の中にも似たような要素はある。

 「新大衆社会」が進行する中でのインテレクチュアルの在り方について、それなりの危機意識は感じられる。当時の思想・批評論壇は、少なくとも今より国際性豊かである。「外部」からの視点がないと「オリエンタリズム」に陥る、ということだろうか。天皇制、マルクス主義、宗教等に関する議論では、現在は希薄化した「リアル」なものが存在している印象を残す。現在の視点からすれば「理念」(言葉)はますます道具的となり戦略的に用いられるが、(憲法9条に関する部分などを読むと)著者らもそうした「理念」の使われ方を否定しているわけではない。

 著者らの議論はメタフォリカルである。本書の内容とは離れるが、例えば、柄谷行人『内省と遡行』について「氏の最高傑作」との呼声は(一部において)今だ高いものがあると認識しているが、それに連なる前作の「形式化の諸問題」ではゲーテルの不完全性定理に言及し、数学、ひいては科学の非合理性を主張するなど、「地に足がついていない」印象を残した。本書でも、総じて自然科学、(経済学を含む)社会科学に対し論壇的な上位性を自負しているような印象があり、ペダンチックさは否めない。
 また、本書では歴史の隠蔽(天皇制に関する事など)について議論されており、この認識が、例の「プラトンソクラテスを」「エンゲルスマルクスを」的な(反証可能性のない)隠蔽の階梯話につながった可能性はある。

 最後はマルクスについての議論で締められるが、それを読みつつ改めて、マルクスというのは経済学が古典派から新古典派へ「進化」する際の「必要悪」のようなもの、との印象を持った。労働価値説から効用価値説へ移行する上で、マルクスの自己疎外論や価値形態論は、必然的に経過すべき地点にあるのだろう。自分には、マルクスとはそのように学説史の中間地点として評価すべきものであって、それ以外の(ある種宗教的な)意味合いなど持たせる必要はないと感じられる(現在は「効用関数の極大化」という根本の条件すら遠景に遠のき、その一階条件の「オイラー方程式」がら全ての話が始まるような印象もある)。

転向の問題

 「昭和の終焉に」の中で、遠藤周作『沈黙』について、つぎのように述べている。

柄谷 遠藤周作が『沈黙』だとかを書いてきたときに、ぼくは、マルクス主義者の転向問題と重なっているのかなと思って読んだんだけれども、じつは戦争中の日本のキリスト教との転向問題なんですよね。日本のキリスト教は巧妙に転向したんですよ。戦後、その問題を全然やっていない。全共闘の頃に神学系の大学でいくらかあったんだけれども、全面的な追及にはならなかったと思います。
 むしろ、遠藤周作がやったのは吉本隆明がやったのとよく似ていまして、転向するみじめさ・卑小さのほうに真の信仰への契機があるとか、より神に近くなるとかいう論理です。転向そのものを救済に変えてしまう、そいういう転向論を完成したんじゃないかな。しかし、それは日本のカトリックの思想にすぎないと思うんですよ。カトリックの現状をみますと、「解放の神学」みたいなもので徹底的にやってますからね。日本のカトリックの『沈黙』的な自己正当化なんていうのは、世界性を持ってないと思う。[pp.54-55]

沈黙(新潮文庫)

沈黙(新潮文庫)

 加えて、小林秀雄は『私小説論』で、マルクス主義は日本人に初めて、「いわば絶対的な神のような、宗教が持っている以上の絶対的なものを突きつけた、という意味のことを言っている」とし、「本当に転向問題をもたらしたのはマルクス主義で、それは本質的に西洋的なものだったから」だと発言している。

*1:土人」の国発言や明治・昭和反復説など、懐かしい話も出てくる。

*2:例えば、ケインズ主義に言及しつつ、GNPにも金融政策にも言及しないなど。ただしマクロ経済学的な視点は有しており、言葉自体は出ないが「合成の誤謬」を認識している。また、戦前の石橋湛山に対する評価や「大蔵官僚なんかは、国家ならぬ国庫のことを憂えている」という浅田発言には妙に共感する。

真の失業率──2020年11月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

※ 真の失業率のグラフは、後方12カ月移動平均から季節調整値に変更

 11月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月から0.2ポイント低下、真の失業率も2.6%と前月(2.9%)より0.3ポイント低下した*1。雇用情勢の改善傾向は明確となり、完全失業率は(当面)ピークを打ったとみられる。

 休業者(前年差)の増加幅はほぼ例年ベースとなった。就業者数の前年差は、週30時間未満就業者の増加により55万人減と前月(93万人減)よりも減少幅が縮小した。*2

 所定内給与と消費者物価の相関に関する10月までの結果は以下のようになる。物価は引き続き停滞しているが、賃金は上昇した。

(注)本稿推計の季節調整法を、2020年1月分から変更*3した。

*1:4月は、季節調整のための事前調整モデルを推計する際、AICテストの結果レベルシフトが検出されている。

*2:月末1週間の就業時間別にみた当該データは、即位の日を含むゴールデンウィークに重なる昨年4月等、祝日の変化による前年差への影響が大きい。

*3:X-12-ARIMAからX-13-ARIMA-SEATSに変更し、曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定)とした。