ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

西野智彦『ドキュメント日銀漂流 試練と苦悩の四半世紀』

 1996年に始まる日銀法改正の議論からアベノミクスのもとでの異次元緩和まで、四半世紀にわたり、ジャーナリスト的な(極力私見を交えず丹念な取材に基づく)視点から日銀の動向を記述。1997年秋に始まる日本の金融危機、2008年の世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)など、自分にとっては同時代史の緊迫した場面を改めてなぞることができ、その間に金融政策の関係者が考えていたこと、政策決定の背景などが生々しく描かれる。
 1990年代以降、日本経済が長期停滞する中、日銀の金融政策は批判され続けてきたが、そうした中での日銀企画局、特に雨宮現副総裁の考え方や行動様式については、新たな理解ができるようになった。速水、福井、白川総裁期の日銀は、(福井総裁期の初期を除くと)実体経済に対し引締気味の姿勢が随所にみられたが、その間の総裁と企画局との対立、機能不全、間に挟まれる副総裁の苦悩などは、本書のような描き方により始めて明らかになる。

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東京大学卒業生の進路からみる公務人気の変化(2021年度更新)

 国家公務員の労働環境については、「生きながら人生の墓場に入った」*1という言葉が代表するように、その過酷さが話題となり、NHKが特集を組む*2など、一部で話題が尽きない状況となっている。
 このような話が広まると、採用の現場にも一定の影響が生じることが考えられる。実際、今年度の国家公務員採用試験において、「総合職」の倍率は7.8倍で過去最低となり、東京大学出身者の割合も14%で6年連続で過去最低を更新したことが報道されている*3

 しかしながら、昨年のエントリーでも指摘したように、採用倍率が過去最低水準であることは、少子化が進んだことによる帰結ともいえ、加えて、試験に合格しても就職を希望しない者は、理科系を中心に多数存在する。よって、東京大学法学部および経済学部の卒業生の進路から国家公務員就職者の割合をみることで、公務人気の実際を別の面から確認した。

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 昨年のエントリーから1年経過したことを踏まえ、本稿では、改めてデータの動きを確認する。

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ティディエ・エリボン(塚原史訳)『ランスへの帰郷』

 フランスの労働者階級に出自を持ち同性愛者である著者が、父の死を機に十数年ぶりに帰郷したことを起点として、自伝の形式をとりつつ、フランスにおける(所得面のみならず文化資本を含めた)格差の再生産、(かつては左翼政党を支持した)労働者階級の右傾化等の社会情勢が論じられる。以前取り上げたヴァンス『ヒルビリー・エレジー』のフランス版の趣もあるが、文体は異なり、ペダンチックな上品さがある。また日本語版の解説を含め、著者とブルデューの関係について興味を惹く記述がある。

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真の失業率──2021年5月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 5月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は3.0%と前月より0.2ポイント上昇したが、真の失業率(季節調整値)は3.6%と前月(3.6%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する4月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

(データダウンロード)

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濱口桂一郎、海老原嗣生『働き方改革の世界史』

 英米独仏日の労使関係論に関する古典的名著を紹介。一見、適当に選択したようにみえるそれぞれの主張が、「労働法政策を基本的なディシプリン」とする著者の一貫したパースペクティブの下で、ストーリー性を持って展開される。取り上げるのは主として集団的労使関係に関するもので、「工場法や労働基準法」により保護されるべき労働者がターゲットとなる個別的労働関係は射程の外に置かれる。その意味からすると、『働き方改革の世界史』というタイトルと本書の内容とはやや印象が異なる。

 日本については、藤林敬三というあまり聞かれない労働経済学者の「労使協議制」に関する議論が取り上げられ、いわば「おきまり」の春闘や、かつての公共企業体における労使紛争の話題などは、むしろ脇役に置かれる。「トレードからジョブへ」という流れを世界共通とみる立場に対し、著者は国ごとの多様性を重視し、労働関係は経路依存的であるとする。このあたりの議論は、制度的補完性に依拠して歴史的経路依存性を論じる比較制度分析にも通じる。日本社会にいかに従業員代表性という仕組みを取り入れていくか、という課題が最後に論じられる。現在の企業別労働組合に(やや利益相反性を持つ)経営協議を行う従業員代表機能を持たせることは、日本の企業別労働組合の弱点を補完し、経営への労働者の関与の度合いを深めると同時に、社会的な機能としての団体交渉が日本社会にしっかりと根付くためにも意味があるとみている。

安井翔太『効果検証入門 正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎』

 観測データから因果関係を特定することが困難であることは、よく知られた事実である。与えられたデータを用いて因果推論を行う場合、必ずしもオーソドックスな分析手法があるわけでなく、かつて定型的事実とされていた結果であっても、最新の分析で覆るケースもあり得る。いずれにしても、因果推論に関する分析手法は現在進行形で進展しており、それ故に「難しい」ものだといえる。
 一方、最近はその重要性が認識されるにつれ、因果推論についてわかりやすく解説する準・専門書的な書籍が見られるようになり、当ブログで以前取り上げた伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』はその代表である。ランダム化比較試験、差の差分析(DID)、回帰不連続デザイン、傾向スコアマッチング、操作変数法等、(少なくとも言葉だけは)人口に膾炙しつつある。

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 本書も、全体構成は上述の伊藤書と概ね重なり、Rのコードを記載することで、実務家が手早く分析できるよう配慮している。本書で取り上げる分析手法は、傾向スコアマッチング/逆重み付き推定、差の差分析、回帰不連続デザインで、それぞれについて実際の論文で用いられたサンプルデータを付し、これらの手法に関しては、概ね誰もが取り掛かれるよう配慮が講じられている。実務家にとっては極めて「優れもの」である。

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真の失業率──2021年4月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 4月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.8%と前月より0.2ポイント上昇したが、真の失業率(季節調整値)は3.5%と前月(3.5%)と同水準となった。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する3月までの結果は以下のようになる。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

(データダウンロード)

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