- 作者: 清水谷諭
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
- 発売日: 2005/02
- メディア: 単行本
- 購入: 3人 クリック: 45回
- この商品を含むブログ (14件) を見る
- 70年代以後、いわゆる「ルーカス批判」をきっかけに、マクロ計量モデルの限界が強く認識。80年代に入ると、マクロ経済学のミクロ的基礎付けが強調されるようになり、マクロ変数だけでマクロ経済、特に家計や企業行動を検証する時代は終わる。
- マクロ経済の実証研究も、自然にミクロデータを利用したものが主流となる。特に、政策効果の評価について著しい進展。現在の経済政策担当者にとって必要なのは、実証分析に基づいた政策の企画立案(Evidence-based Policy Making)。
第1章 90年代大停滞の犯人を捜す−家計消費・企業投資はなぜ停滞したか
- この「デフレ時代」は、長期間に及ぶ低成長と、マイルドなデフレの持続という2つの際だった特徴。この間、家計消費は落ち込むが可処分所得がそれ以上に落ち込みが激しく、平均消費性向は上昇傾向。その裏面として家計貯蓄率は低下傾向であり、貯蓄投資バランスを通じた経常収支への影響や潜在的な成長率の悪影響が懸念。消費の内訳としては、サービス及び耐久消費財のシェアが増加。消費性向は、30歳代・高所得者層を除いて上昇しており、前者の背景には、住宅ローン世帯での消費性向の低下がある。
- 民間設備投資はバブル期以降急速に落ち込む。これまでの景気回復局面では、製造業中小企業の伸びの高さと、タイミングの早さが知られてきたが、90年代はそのパターンが当てはまらない。その背景の一つには、いわゆる「貸し渋り」があるか。製造業の設備投資は、金融・資本市場の重要性や労働投入の側面は、徐々に重要性を失い、財務状況や設備投資の収益性をより重視。
第2章 進化しているマクロ経済学−家計・企業は将来を見据えて行動する
- 経済主体が将来も視野に入れながら最適化を行う「動学的最適化問題」。ケインズ型消費関数:C(t)=a+bW(t)+u(t) は、実際の推計を行うと、データの取り方(クロスセクションまたは時系列)によって係数の値が大きく異なり、クロスセクションでは、bに低めのバイアスが生じる。
- ライフサイクル・恒常所得仮説では、予算制約の下で、異時点間の消費量の無差別曲線をとり、効用を最大化させる(フィッシャー・ダイアグラム)。これを定式化すると、U'(C(t))=E(t) [(1+r)/(1+rho)・U'(C(t+1))] r:利子率 rho:時間選好率(=r)というオイラー方程式が導出される。*1効用関数を、U(C)=C-(a/2)・C^2なる二次間数で仮定すると、C(t+1)=C(t)+u(t) となり、来期の消費は今期の消費「のみ」で決まる。*2
- 上記より得られるインプリケーションは、①恒常所得の変化による限界消費性向は、一時所得の変化による限界消費性向を上回ることと、②所得の変化が恒常所得であれ一時所得であれ、消費は予期された所得の変動には反応しない。このうち②より、dC=a+b・dW+u, dC/dt=a+b・dW/dt+u について、b=0が有意かどうかをみるのが「過剰反応(excess sensitivity)テスト」と呼ばれる一連の研究。
- 設備投資については、最も単純には費用最小化問題 min[wL+rK] s.t. F(K,L)=Y(0)*3により決まるが、これは資本ストックが瞬時に調整されることを仮定*4。そこで、資本ストックの変化は望ましい資本ストック量と今期の資本ストック量の差を縮めるように決められるとする「ストック調整型」設備投資関数や、設備投資自体が生産量の変化に直接影響されるとする「投資の加速度原理」がある。*5
- 設備投資は、企業の利潤最大化行動と矛盾する可能性。現在の標準的な設備投資理論では、調整費用を明示的に考慮し、「動学的最適化問題」を下に構築。具体的には、I(t)/K(t)=h(q), q=(株式市場で評価される企業価値+負債総額)/資本の再調達費用、と表され、投資・資本ストック比は、資本*6の市場価値と資本の再調達費用の大小関係*7を示すq「のみ」で決まる。*8
第3章 地域振興券政策は消費刺激効果をもったか−ミクロデータで検証する商品券政策
- 回帰分析では、左辺の変数は右辺の変数に影響しないことを前提。しかし、左辺(被説明変数)が右辺(説明変数)に影響する(「内生性」がある)場合、推定された係数は一致性、つまりサンプル数が十分大きくなれば、推定された係数は真の値に近づくという性質を持たなくなる。一つの流れは、誤差項との相関を気にせずとも良いように、「自然実験」つまり外生的に決定される出来事を用いること。
- 分析の定式化は、振興券配布後3月以後の各月の消費水準の変化率=c+a・(振興券受取額/平均月収額)+b・(家計属性、年次ダミー)+u により、aの過剰反応を見る。家計調査のデータを用いる場合、半耐久財について、aはプラスで有意*9となるが、時間が経つにつれて、小さくなり有意性もなくなる。
第4章 従来型の景気刺激策は効果をもったか−所得減税・法人減税の効果
- フィッシャー・ダイアグラムでは、所得減税がある場合、その分将来の支払税額が増えるため、予算制約式は代わらず無差別曲線はシフトしないので、現在の消費水準は変わらない(リカード中立命題)。これが当てはまらない代表的なケースは、①現在、流動性制約の状況にあり、(借入ができないため、)異時点間の効用を最大化する水準まで現在の消費水準を高めることができない場合と、②家計の期待形成が完全には合理的でない場合。加えて、政府の債務残高が極めて大きい場合、政府が歳出を増加させると、将来の税負担の増加が明らかに予想されるため、消費が手控えられる(非ケインズ効果)。
- 所得減税による過剰反応を分析すると、そのプラスの効果は一過性で、主として実施された付きにのみ刺激効果を持つ。また、その効果も減税の恩恵を受ける家計の消費があとの月で少なくなることで、数ヶ月単位でみるとほぼゼロに近い。法人減税の設備投資効果についても、停滞した設備投資を大きく刺激したとは言い難い。
第5章 資産価格の大幅下落と消費・投資行動−バブル崩壊の後遺症の評価
- ファンダメンタルズからの乖離として定義される「バブル」的な要素の中には、市場参加者が合理的に行動していても、資産価格が破裂する危険をはらみながら発散してしまう「合理的なバブル」と、「ファッズ」(気まぐれな流行)。
- 資産価格の変動が家計に与える影響は、①現在の消費は現在の資産価格と将来の労働所得の現在価値で決まるというモディリアーニのライフサイクルモデル*10から、直接消費に影響を与える「直接効果」と、②家計が資産価格の変動を将来の景気のシグナルと捉えることによる「間接効果」。
- 「直接効果」と「間接効果」を測るための定式化として、実質消費の伸び率=c+a1・(株価の変化率)+a2・(株価の変化率×株式保有ダミー)+b1・(地価の変化率)+b2・(地価の変化率×持家保有者ダミー)+b3・(地価の変化率×マンション保有者ダミー)+r・世帯属性等ダミー+u :それぞれ当期と一期ラグ により回帰分析すると、株式保有者に限り消費は株価に左右され「直接効果」が明らかに観察される一方、実物資産には明示的に見いだせない。一方、一期前の資産価格変動の影響は小さく、「間接効果」は見いだせない。
- 企業投資に対する資産効果は、金利チャネルと信用チャネル*11。後者について代表的な研究は「フィナンシャル・アクセレレーター」論。*12なお、経営者の主観的指標からは、資産価格の直接的な影響は小さい。
第6章 デフレ期待と消費・投資行動−長期マイルドデフレの評価
- デフレ期待をどのように図るかは主に4つの手法があるが、ここでは、直接質問によるデータを利用。過去1年間の物価上昇率(適合的期待)、過去1年間の所得の動き、期待物価上昇率のラグ(期待の慣性)、金融緩和政策変更ダミー、テロ事件・イラク戦争ダミーで回帰する。金融政策については、金融政策変更を知っていたか(認知ダミー)と知っておりかつ期待物価上昇率を変化させたか(変更ダミー)とすると、前者からは有意な結果が得られず、後者では、テロ・戦争と同等の反応。
- 期待消費成長率について、足下の消費上昇、足下の所得上昇、期待所得上昇率、足下の物価上昇、期待物価上昇、住宅ローンの有無、失業不安、社会保障・年金不安で回帰すると、住宅ローンのある家計に限り期待物価上昇率の係数が有意。*13
- デフレは、債権者よりも債務者の債務負担が大きくなり、経済活動を萎縮させやすい。経済全体でみれば、企業が実質金利や実質債務負担が大きいと感じることになるが、デフレ期待が企業の設備投資に及ぼす影響をみると、その影響が大きいとは言えない。*14
第7章 期待成長率の低下と不確実性の増大−将来への悲観論・不透明感が家計・企業を萎縮させた
- 予備的貯蓄の現代マクロ経済学での扱いは、U'(C)が下に凸の減少関数である場合、Cの水準に不確実性がある(幅を持つ)場合の限界効用は、不確実性がない場合の限界効用を上回る。この場合、(不確実性のない)今、消費するよりも、(不確実性のある)将来の消費のため、貯蓄することが、将来得られる効用が高くなる。このため、家計の慎重さを測る一つの尺度は、弧の突き出る度合い。これを基に分析すると、99年に家計はかなり慎重。
- 外の解釈として、①所得が大幅に減少する事態に備える目標となる貯蓄(緩衝在庫)水準が存在し、現在の消費を犠牲にして緩衝在庫を蓄積しようとする一方、不確実がなくなれば貯蓄を取り崩してでも消費する動機が働くとする「緩衝在庫モデル」、②所得リスクが同じ時点の異なる家計同士で当分に共有されるという仮定から出発する「消費保険仮説」。②については、89〜97年の個票を使った研究で棄却されている。
- 設備投資に、期待成長率の低下、不確実性増大の与える影響を、今後3年間の設備投資の伸び率=c+a1・期待成長率+a2・不確実性指標+a3・企業属性ダミー+u で回帰(順序プロビット)すると、期待成長率の低下が設備投資の低迷をもたらしている可能性。*15
第8章 これからのマクロ経済政策の処方箋−家計・企業の期待にどう働きかけるか
- 最近のマクロ経済学では「複数均衡」という考え方が有力。「悪い均衡」からどうやって抜け出すことができるのかはとても難しく、経済学研究の最先端分野の一つ。
エピローグ 実証に基づいた政策を
コメント マクロ経済動学理論、特に、異時点間の効用最大化をその基礎に持つマクロ経済モデルを構築し、ミクロデータからその理論の適合性を判定し、併せて、政策効果を測るというスタイルに貫かれている。無論、その理論は発展途上の要素を持つため、必ずしも理論通りの結論が得られず、パズルとされている要素(株式プレミアムパズルや予備的貯蓄に関連した慎重度の問題)等もある。しかしながら、マクロ経済学の最新の動きに手軽に接するには適した書籍と言える。*16それにしても、本書を著するにあたって著者が参照した論文の数には圧倒される。
なお、本書の主要な主張である、実証分析に基づいた政策の企画立案(Evidence-based Policy Making)が重要であるという点には全く同感。特に、政策を事後的に分析するという姿勢があまりみられないことは問題であると思う。
*1:導入方法は、no ponzi gameの条件及び横断性条件(無限将来の資産の現在価値はゼロ)を仮定し、perturbation argument methodまたはLagrange未定乗数法による。
*2:オイラー方程式からは、消費CAPM理論の定式化も導ける。ただし、現実へのあてはめについては、解決できない問題(株式プレミアムパズル)がある。
*3:F(K,L)=A・K^a・L^(1-a):コブダグラス型と仮定すると、ラグランジュ未定定数法より、wL/(1-a)=rK/a?
*4:調整費用が考慮されない。
*5:GDP統計で見る経済成長に関しては、消費よりも設備投資が重要な要素。また、消費について、代表的個人の効用最大化を想定するモデルの問題については、次のコメント・議論を参照。
*6:会計的には資産。
*7:q>1であれば、資本を得るよりも資本を増加させることで、利益を生み出すことができる。その意味でqは、「平均」ではなく「限界」の概念。
*9:つまり、(ライフサイクル・恒常所得仮説の含意とは異なり、)過剰反応が観測され、一定の政策効果を持つことが証明される。
*11:信用チャネルについては、銀行の財務状況による「貸出チャネル」と、企業の財務状況による「バランスシート・チャネル」に分かれる。
*12:06/03付けエントリー参照。なお著者は、このフィナンシャル・アクセラレータ効果と、期待成長率の低下が設備投資の低迷の主因であると主張。
*13:失業不安ダミーの係数も大きい。
*14:ここはポイントか。
*15:不確実性指標の影響も有意。
*16:加えて、ichigoBBSにおけるいわゆる「ザモデル議論」を整理したいと考えている人にも適した書。