備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

新しいステージに突入した日本の少子化

 本年6月に公表された厚生労働省『人口動態調査(概数)』によれば、2022年の出生数は約77万人(前年約81万人)、合計特殊出生率は1.26(同1.30)となり、少子化が加速している。このうち出生数は、母数となる女性人口が減少しており、それに伴う減少要因と、出生率低下による減少要因を分けることができる。なお、女性人口の減少は今後も避けられず、少子化対策はあくまで出生率の向上を目指すものとなるため、それぞれの規模感を把握しておくことには意味がある。
 さらに日本では非嫡出子が非常に少ないため、出生率は、女性の有配偶率によって大きな影響を受ける。当ブログで以前行った分析では、1995〜2000年、2000〜2005年のそれぞれの間、女性の有配偶率低下は合計特殊出生率に大きなマイナス効果を持ち、当該効果を除いた場合、合計特殊出生率はプラスであったことがわかった。

traindusoir.hatenablog.jp

もし、この傾向が現在も継続しているとすれば、児童手当や保育施設の充実といった、子育て世代をターゲットとするいわゆる「子ども・子育て支援制度」は、無論、その目的に資するものだとしても、少子化対策としては不十分である。その場合、非正規雇用者など低所得若年層の所得を高めるなど、子育て世代よりも下の世代のインセンティブに働きかけることが、少子化対策としては重要である。

 以下では、2021までの『人口動態調査(確定数)』を用いた足許の分析と、加えて、総務省国勢調査』が利用可能な5年ごとの分析を2005〜2020年の間で行い、出生数の減少要因を探る。

モデル

 まず t年の出生数  B_t^iは、出生率  br_t^iと女性人口  P_t^iにより、

 
\begin{align*}
B_t^i &= br_t^i\cdot P_t^i 
\end{align*}

と表される(ただし iは母の年齢階級を示すインデックス)。よって下式により、その前年差は、出生率の寄与(右辺第1項)、女性人口の寄与(右辺第2項)及び交差項(右辺第3項)に分解できる。

 
\begin{align*}
\sum_i (B_t^i - B_{t-1}^i) &= \sum_i (br_t^i - br_{t-1}^i)\cdot P_{t-1}^i \\
&+ \sum_i (P_t^i - P_{t-1}^i)\cdot br_{t-1}^i \\
&+ \sum_i (br_t^i - br_{t-1}^i)\cdot (P_t^i - P_{t-1}^i) 
\end{align*}

 また出生数は嫡出子  B_t^{i,1}と非嫡出子  B_t^{i,0}に分けられ、女性人口は有配偶者  P_t^{i,m}とそれ以外の者に分けることができる。これらの記号を用いることで、出生率は、以下のように表される。

 
\begin{align*}
br_t^i &= \frac{B_t^{i,0}}{P_t^i} + \frac{B_t^{i,1}}{P_t^i}\\
&= \frac{B_t^{i,0}}{P_t^i} + \frac{B_t^{i,1}}{P_t^{i,m}}\cdot \frac{P_t^{i,m}}{P_t^i}\\
&= \frac{B_t^{i,0}}{P_t^i} + mbr_t^{i}\cdot mr_t^{i}
\end{align*}

ここで  mbr_t^{i}は有配偶出生率  mr_t^{i}は有配偶率を示す。この分解式を用いることで、本稿第2式の出生率の寄与は、非嫡出子の影響を分けて考えた場合、有配偶出生率の寄与と有配偶率の寄与に分けることが可能になる*1

 日本の非嫡出子は非常に少なく、出生数の増減は女性人口の寄与、有配偶出生率の寄与及び有配偶率の寄与によって、ほぼその趨勢が決まることになる。

分析の結果

 上述のモデルによる分析を行う前に、出生数の動きを確認する。

出生数は、2010年以前は前期差年換算値で辛うじてプラスであったが、その後はマイナスとなり、近年では毎年3万人程度のマイナスである。特に2019年のマイナス幅は大きい*2

 つぎに出生率では、2005年から2015年にかけての低下が著しい。また2019年については、特異的に、前年からのマイナス幅が大きくなる。

 さらに前節で述べた通り、出生数の減少には出生率だけでなく母数である女性人口も影響するため、当該モデルに基づく寄与度分析を行った。

2015年以前は、出生数の減少は女性人口の減少に伴うものであった。2010年から2015年にかけて出生率はマイナスであったが、年齢階級別にみると、30歳以上層の出生率が大幅なプラスを示したことで、出生数にはプラスに寄与した*3。しかし、その後は出生率も出生数にマイナスに寄与するようになり、2019年以降は、特にその寄与が大きくなっている。

 最後に、国勢調査から5年ごとの女性の有配偶率を算出し、当該データを組み合わせることで、出生率の寄与度を用いた分析を行う。

2005年から2010年にかけては、有配偶率の低下が出生数のマイナスに寄与したものの、有配偶出生率のプラスによって出生数は全体として辛うじて増加しており、2010年から2015年にかけても、有配偶出生率はプラスの寄与となった。この間、日本の出生数の低迷ないし減少は、女性人口の減少と、晩婚化や若年非正規の増加等により有配偶率が低下したことによるものであったと考えられる。
 ところが2015年以降は、全ての要因がマイナスに寄与するところとなり、日本の少子化は新しいステージに入ったといえそうである。

結論

 報道*4によれば、いわゆる「異次元の少子化対策」の内容を含む「こども未来戦略方針」の加速化プランは、以下のようなものとなる見通しである。

  • 出産費用の保険適用は26年度をめどに導入検討
  • 就労要件を問わず、時間単位で利用できる「こども誰でも通園制度(仮称)」の創設
  • 産後28日間を限度に育休給付金の手取り10割への引き上げ
  • 時短勤務による賃金低下を補う「育児時短就業給付(仮称)」を創設し、25年度から実施

こうした対策は、少子化の主因が人口減少や有配偶率の低下によるものである場合、少子化への効果は小さく、あくまで子育て支援策と位置付けられるべきものである。当ブログにおける以前のエントリーも、子ども手当(当時)について、こうした点を強調するものであった。

 しかしながら、2015年以降、新しいステージに入った日本の少子化の現状においては、そのような政策割り当て上の区分は必ずしも必要ではなくなったといえる。一方で、有配偶率も引き続き出生数にマイナスに寄与しており、別の側面からの少子化対策も検討の余地がありそうである。

 なお、分析に用いたデータは以下の通り。

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*1:この寄与度分解においても、本稿第2式のそれとは別に、交差項寄与が発生する。

*2:上述の通り、非嫡出子の影響は非常に小さいことから、以下の分析では非嫡出子の影響を除く(交差項の影響も同様)。

*3:年齢階級別の動きについては、下記リンク先のデータを参照。

*4:https://www.asahi.com/articles/ASR61413WR61UTFL00J.html