ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

小林慶一郎「金融システム不安定化による信用乗数の変化」(ESRI Discussion Paper Series)

1 はじめに

  • 本稿で「金融システムの不安定化」とは、銀行の預金者に対する流動性供給機能(決済機能)が、不良債権の存在により疎外されること。銀行に不良債権が蓄積すると、対応する預金債務が増加し、増加した預金債務の不意の支払に備えるため流動性の高い資産を増やす必要。このため貸出比率が低下し、信用創造が不活発となる。

2 理論

  • 銀行部門のバランスシート恒等式:M+L+N=D D:預金 M:現金準備 L:正常債権 N:不良債権。預金の一定割合に対し、現金準備と正常債権の一定割合を当てるものとした流動性条件:rho・D=M+mu・L 0
  • 整理すると、D=x・M-y・N、L=x'・M-y'・N、x=(1-mu)/(rho-mu)>0、y=mu/(rho-mu)>0、x'=(1-rho)/(rho-mu)>0、y'=rho/(rho-mu)>0。Mp:非金融部門の保有する現金とすると、信用乗数*1=(D+Mp)/(M+Mp)=(x・M-y・N+Mp)/(M+Mp):Nに対する減少関数。
  • 流動性条件について、インターバンク市場または日銀からの借入で流動性入手が可能、との反論があり得るが、日銀はオペ先の信用リスクは取らず、インターバンク市場でも多額の不良債権を有する金融機関が資金を得ることはできないと想定できる。
  • 健全な金融機関と不健全な金融機関が存在するモデルに拡張しても、政府の準備率規制:z・D<=M を仮定することで同様の結論を得る。
  • この結論は、クレジット・クランチを含意するものではない。Dを物価水準:Pと貸出:Qに分離して、P・Q=x・M-y・N:Nに対する減少関数。クレジット・クランチが生じない(Qが減少しない)場合、不良債権が増加すると、物価は下落しなければならない。

3 VARによる実証

  • コールレート、マネタリーベース、マネーサプライ(季調済)、東証銀行株価指数(BS毀損度合の代理変数)、CPI、IIP(季調済)を用いたVAR分析によると、銀行株価の上昇(下落)に対し、マネーサプライは増加(減少)*2。CPIは一時的に下落するが、これはIIPの上昇による影響*3

4 デフレ下で、現金が預金より選考される理由は何か

  • ゼロ金利によって現金保有と銀行預金が完全代替となる中では、デフレ期待の影響は、現金にも銀行預金にも全く同じ。「ゼロ金利下のデフレ期待」は信用乗数の低下と矛盾しないが、それを積極的に説明する要因とも言えない。
  • 金保有傾向が高まった理由は、①銀行破綻懸念による預金者の主観的リスクが上昇、②デフレ期待による実質金利の上昇→貸出需要の減少、があり得る。
  • ②に関しては、a.期待物価上昇率を使った事前的な実質利子率の推計で90年代の半分以上の期間は実質利子率が均衡利子率*4を上回り(Iwamura,Kudo and Watanabe)、b.90年代の実物経済の動きはTFPの動きでほぼ説明され、貨幣的なゆがみが実物経済に影響を与えていた証拠が得られない(Hayashi and Prescott)ことから、①の要因が大きかったのではないか。

5 結論

  • 信用乗数を高めるには、①Nの削減、②Mを増やすことが含意される。デフレ脱却のためには、どちらも有効な手段。

コメント 不良債権の増加が(信用乗数の低下を通じて)一般物価を下落させる因果関係があることを簡単なモデルで証明。モデルに表現されるM,D,N,Lは、マクロの変数であることに留意。最初に留保されているように、モデルは、金融システム不安定化→信用乗数低下という因果関係を資金供給側から説明したもので、実体経済(資金需要側)を経由する因果関係は捨象されているが、VARモデルによる実証では、銀行株価の上昇が生産を増加させる。銀行株価を不良債権の蓄積の代理変数とすることは適当かは不明*5。現金保有傾向の高まりの理由として、デフレ期待による実質金利の上昇を仮説として取り上げた上で、それを否定する部分には異論もあるか。

*1:貨幣乗数ともいう。

*2:つまり、2の結論と整合的。

*3:銀行株価の下落が、別の要因で実体経済を悪化させる可能性−「追い貸し」による生産性低下、ディスオーガニゼーション仮説(03/07付けエントリー参照)とあるが、やや唐突感。

*4:貨幣需要=貨幣供給における利子率?

*5:バランスシートの毀損があっても、他の要因で株価が上昇することはあり得るか。