ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

山口浩「企業はだれのものか:整理して考えたほうがいい」

  • 「会社は誰のものか」という議論が混乱するのは、①会社を所有するのは誰か(株主)、②会社の価値は誰に帰属するか(会社の「中」)、③会社の意志決定は誰の意見に従うべきか、との違ったレベルの議論が錯綜しているため。
  • 企業価値をめぐる株主と従業員の関係はゼロサムであり、有能な経営者に恵まれず、対立する場合はあり得る。この場合には、ルールに従い、交渉して解決する外ない。

コメント 仮に、議論のレベルを③に揃えたとして、株主総会が企業の最高意志決定機関であり、経営者は株主のエージェントである。その意味で答えは出ているが、「べき」論的な神学論争はやはり繰り返される気がするのだが。ただし、利害が衝突する際には、従業員は「発言」と「退出」を通して、株主−経営者と交渉するという部分は、岩田規久男氏の著書に引用されているアルバート・ハーシュマンの組織理論(05/18エントリー参照)にも繋がる話。また、株主が企業の内的・外的要素を配慮するのはそのインセンティブから考えて当然なわけで、結論部には異論無しか。加えて、(ロナルド・ドーア氏が指摘するように)企業の意志決定をめぐるルールやモデルは様々で、長期的には株主を尊重する方向へ変化していることは事実であり、このような論争を「未成熟なわが国の論壇」(木村剛氏)に帰するのは的はずれではないかと思う。