- 作者: ブルーノ S.フライ,アロイス・スタッツァー,沢崎冬日,佐和隆光
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2005/01
- メディア: 単行本
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- 幸福概念の二つの対極、その一方には「主観的幸福」があり、調査による包括的な自己評価によって把握される。もう一方には「客観的幸福」があり、脳波の測定を中心とする生理学的なアプローチにより捉えられる。また、その間には「経験標本評価」による幸福概念があり、これは、何日にもわたって1日数回実施され、個人の日常生活における気分や情動、その他の感情を確認するもの。
- 幸福を決定する要因を、①性格、②社会・人口統計上の特性(性、年齢等)、③経済(所得、失業、インフレ等)、④文脈・状況(労働条件、対人関係、健康等)、⑤制度、に区分する。主観的幸福は、認知と情動という2つの基本的な側面からなり、情動とは、気分や感情など、出来事に対し人々が即座に下す評価を示し、認知とは、合理的・知的な側面を表す。
- 幸福は、その人が生活している社会環境に左右されることから、考慮すべき心理的な要素として、①人々は、新しい環境に慣れるに従い、自分の主観的幸福の水準を調整することを意味する「適応」、②主観的幸福の水準には、自分の抱く希望や期待によって決定される「願望水準」が作用すること、③主観的幸福には絶対的尺度は存在せず、自分と関わりの深い他人の立場と比較されること(例えば、「相対所得仮説」)、④人間には、不幸な出来事を乗り越えようとする強い能力(コーピング)があること、といったことがある。
- 幸福度は人間行動に影響を与えるため、因果関係の方向を見極めることは難しい。また、行動に影響を与える「認知上の歪み」があり、個人のレベルで幸福度を高めるため、これを克服する手段として、「自己拘束」(自分の将来の行動についてルールを定める)という手段は頼りになる。
第2章 経済学における幸福のとらえ方
- 効用概念は、ロビンズの「効用は基数的には測定されない」という指摘に刺激され、測定可能な基数的効用から序数的効用への転換が成功を収めた。だが、最近になって劇的な変化が生じつつある。例えば、①個人の選好と幸福が互いに独立し、相違する場合も多く、現実の生活で観察される行動の多くが、利己的な選好だけでは十分に説明できないこと、②人生における快楽のほとんどは市場で購入できず、むしろ本質的な労働の喜びや大胆な消費パターンが満足を生み出すとするシトフスキーの説や、デューゼンベリー等の「相対所得仮説」、③心理学の貢献による「測定可能な効用」という発想、④「認知上の歪み」(プロスペクト理論*1等)や将来の選好を予測することの難しさ等、の指摘が挙げられる。
- 主観的幸福(W)については、次のような公式が役立つ:W=H(U(Y,i))+e U:回答者の効用もしくは幸福水準、Y:決定要因、t:時間の経過にともなう変化、H:連続かつ微分可能な関数。幸福指標を比較するための基準として、①信頼性(回答者の幸福と回答の間の歪みがないか)、②有効性(真の内的感覚を反映しているか)、③一貫性(その指標は、通常は幸福に関連づけられる他の観察結果と対応しているか)、④多国間の比較可能性が挙げられる。
- GDPや各種の社会指標は、幸福指標としては不完全。例えば、GDPについては、「影の経済」の水準の国別の違いが影響を与えている可能性がある。
第3章 幸福に影響を与えるさまざまな要因*2
- 幸福水準と決定要因との関係を考える上では、①選択効果の働き(例えば、幸福な人間は不幸な人間よりも結婚しやすければ、結婚が幸福水準を高めるとは言えない)、②因果関係の方向性、③決定要因の相互の関係、等に留意が必要。なお、結婚については、いくつかの理由で主観的幸福に貢献することが判明しており、③については、決定要因間の相互関係をコントロール(プロビット分析等)することで解消できる。
第4章 所得と幸福の関係
- 国別統計によると、経済発展が低い水準にある国では、幸福水準と所得には正の関係があるが、平均所得が1万米ドルを超えると、相関関係は全くみられない。米国では、ここ十数年の間に、国民1人当たり所得は急上昇したが、幸福水準は逆に低下。この解釈には数多くの可能性があるが、重要なプロセスとして、人間は過去の体験に適応するものだということがある(野心レベルの変化)。欧州のデータをみると、所得の幸福水準へ与える影響は小さく、むしろ、失業、インフレや健康状態等の方が影響を与えている。
第5章 雇用と幸福の関係
- ほとんどの経済学者は、失業を可能な限り避けるべき不幸な出来事と考えているのに対し、新古典派経済学によれば、失業は自発的なもの。様々な国・時期に関する多数の研究では、他の決定要因(所得の低下等)の効果をコントロールしても、失業のマイナス要因は極めて大きい。つまり、新古典派のマクロ経済学者が抱いている見解とは極めて対照的に、失業の影響を受ける人々にとって「余剰人員とみなされること」こそが最も不幸な出来事。
- パートナーや近隣地域の人々が同じように失業している割合が高ければ、失業の苦痛は少なくなる。また、「自力で生計を立てるべし」という社会規範が強いほど、失業者の満足度は低下。
- 経済学にとって、仕事に対する満足度がもたらす結果は非常に重大。仕事に対する総合的な満足度と、パフォーマンスは正の相関を示す。また、人が仕事を引き受けるのは、それによって報酬を受けられるからということだけではない。
第6章 インフレと幸福の関係
- インフレがもたらすコストは、①「靴底コスト」や「メニュー・コスト」、②政府や民間機関が、価格の変化に対処しようとするためのコスト、③名目ベースの契約を変更できないコスト、④将来のインフレの不確実性がもたらす影響、⑤政府がインフレを調節・抑制しようと努力するコスト。
- 経済学者の間の共通見解としては、激しいインフレは経済にとって非常に危険だが、安定した(予測可能な)穏やかなインフレ(1〜5%)は何ら大きな問題はもたらさないというもの。だが、一般の人々は違い考えを持っており、インフレによって自分たちの名目所得が上昇している可能性が非常に高いという事実を無視し、インフレの潜在的な害悪にのみ注意を向ける。
- 失業が幸福に与える影響と、インフレによる影響とを結びつけることが可能であり、失業率が1%ポイント上昇した場合、インフレ率を1.7%ポイント引き上げれば、その影響を相殺できる。失業率とインフレ率を単純に加算した「悲惨指数」は、失業の影響を過小評価。
コメント 幸福水準に対する経済的影響の部分まで。主観的幸福という概念は曖昧であるが、これを説明する要因が多面的に分析されている。ここまで読んで感じるのは、確固とした「幸福水準」という概念があり、これを高めるには何が重要か、という視点があるのと同時に、そもそも主観的なものである幸福水準というものを何が構成しているのか、という視点もあるように思う。新たな社会厚生の基準を作る試み。
*1:損失は同じ規模の利益よりも重く評価される。
*2:この点に関連して、「なぜあなたは不幸なのか」(吐息の日々〜労働日誌)による簡潔なまとめが参考になる。