備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

駒村康平「大貧困社会」

大貧困社会 (角川SSC新書)

大貧困社会 (角川SSC新書)

 「大貧困社会」とは何を意味するのか。冒頭の記述をみると、これから到来することが予想される経済の長期的な低迷や、ロストジェネレーションの中高年化によって、我が国の貧困率が大きく拡大することを意味しているようだ。むろん、その根拠は薄弱なものであるが、一方で、いまの時代が我が国の行く末を考える岐路にあることは間違いなさそうである。本書の大きなテーマも、そのことに関係している。つまり、我が国はこれから「大きな政府」を目指すのか、あるいは「小さな政府」を目指すのか──

 さまざまな批評をみると、本書は、データを多用し実証的であることに高い評価が上げられている。このテーマについても同様であり、社会保障給付費の対GDP比の高い国ほど貧困率OECDによる相対的貧困率)は小さくなることが示されている(181頁)。つまり、「小さな政府」でかつ貧困の小さい国という「いいとこ取り」をすることは、著しく困難なものであることがわかる。
 「小さな政府」を目指すことの根拠とされるのは、それによって経済成長を実現し、低所得層もそのおこぼれに与ることができるといういわゆるトリクル・ダウン仮説である。しかしながら、その仮説は必ずしも実証されたものではない。一方で、「大きな政府」が直ちに低成長を意味するわけではなく、北欧諸国のように、国民負担率は高いにもかかわらず高い経済成長を実現している国も存在しているのである。

我が国の社会保障制度に対する提言

 我が国の社会保障制度をどのように変えていくべきか、本書では、ひととおりの提言がなされている。詳細は本書に直接あたっていただきたいが、簡単に整理するとつぎのようになる。

  • 年金については、すべての国民を対象に、各自の所得をもとに保険料を徴収、保険料は19%程度で固定、雇用契約・雇用形態にかかわらず、保険料は労使折半、典型的自営業は本人が全額支払う。給付は65歳から、現役時代に1年働くとその1%が給付額に反映されるという単純な仕組み。所得ゼロの場合は、保険料もゼロ、給付額が少ないないしゼロである場合は、その全額を税財源とする最低保障年金を受給できるようにする。最低保障水準は、世帯規模で調整、夫婦間で年金分割を行い、分割された給付額が一定規模に満たない場合は、専業主婦も最低保障年金を部分的に受給できる。
  • 働く貧困層への対策としていくつがあげられている処方箋のなかで、より詳細に論じられているのは、公的支援による能力開発と「キャリアラダー」の仕組みの確立である。具体的には、非正規雇用者などを対象に、福祉サービス職業への資格取得を促進、同時に、介護報酬・診療報酬・保育所予算を大幅に引き上げ、賃金・労働条件を改善する。また、キャリアアップの目標とそれに応じた賃金の組み合わせを確立する「キャリアラダー」を導入。子供の貧困への対応として、「児童手当」「住宅手当」などのいわゆる「社会手当」を拡充し、生活保護のあり方を見直す。
  • 医療保険については、健康保険と国民健康保険を一元化、所得に応じて保険料が決まり、家族の人数によって保険料が増額されないようにし、その大枠のルールは統一した上で、保険料率は地域ごとの特性を残す。自営業の所得補足ができるようになるまでの暫定措置として、保険料の算定基準から18歳未満の家族の人数を除外。
  • 子育て支援の一環として、困窮した地域に重点をおき、子供の心身の成長を見守り、親に対する育児・就労サポートを行う「日本型シュア・スタートプログラム」を導入する。

経済成長と「大きな政府

 こうした「大きな政府」に向かうプログラムを実現する上で、その財源としての消費税率の引き上げが具体的な論点となろう。本書では、「人口減少・高齢化社会では高い経済成長を長期にわたって維持することは極めて難しい」とし、消費税増税の必要性を指摘する。また、「高齢者の強欲」、世界同時不況などにも触れた上で、世代を超えた協力を可能にするためにはセーフティネット、つまり「大きな政府」に頼るしかないとしている。
 消費税の引き上げについては、経済成長の見込みによってその所要額は大きく変わるため、論者により大きく立場が分かれるものであり、これまでも、いわゆる「財政均衡派」と「上げ潮派」に分かれた政治的な路線対立がみられた。筆者の立場は、経済成長によって「大きな政府」に必要な財源を確保することはできないというものであり、明らかに「財政均衡派」の立場である。
 わたくし個人としては、経済成長を高めていくためにマクロ経済政策にできることはまだ十分に残されていると思う。例えば、貿易サービス収支が縮小を続けるなかで円高に歯止めがかからない現在の状況は、我が国の金融政策が「相対的に」引き締められ続けているためであると考えられる。このままでは、我が国経済は、十分な投資ができないこともあいまって、生産性の上昇力が抑制されることになるのではないか。このような政策の方向性は、早急に改めるべきではないだろうか。
 また、働く貧困層への対応としては、いわゆる「負の所得税」のように、より経済成長に親和的な政策も考え得る。この政策は、個人や企業の能力開発投資へ向けたインセンティブを設けることで、より成長促進的なものに設計することも可能である。*1
 さらにいえば、著者の考える少子化対策は、出生率の上昇を社会保障制度だけによって実現しようというものである。しかし、もっとも効果的・効率的な少子化対策は、経済成長の実現なのではないだろうか。

 本書が良書であることは否定しないが、本書に語られる方向性が、上述したように、必ずしも「大きな政府」に向けた唯一のものであるというわけではないだろう。

*1:本書に触れられていないその他の論点としては、所得税相続税の累進税率、法人税率のあり方、というものもある。