- マクロ経済学の標準的な考え方では、実体経済が資産価格等の金融面を規定するという方向性が主に考えられ、逆のメカニズムはあまり考慮されない。これは「資本市場の完全性」(完全な情報開示や公正な取引が約束されるなど、理想的な条件を満たす資本市場が完備し、全ての資金が効率的な投資機会に行き渡る)を想定していることに対応。この場合、企業が土地や生産設備を内部留保、ローン、株式増資のいずれによって購おうと、企業価値は変わらない(MM命題)。
- 資本市場が不完全な場合、企業の投資支出は金利のみならず手元流動性、銀行借入額等にも依存し、g(t)=a・r(t)+b・E[g(t+1)]+u(t) g:GDPGAP r:実質金利 という関係式(IS曲線)は成立しない。この場合、①金融政策の効果は資産価格や企業・銀行の財務状況の変化を通じた経路(クレジット・チャネル)によって増幅され、さらに、②実体経済や金融システムに加わる様々な種類のショックについても金融面と実体経済の双方向の関係によって増幅されるメカニズム(フィナンシャル・アクセラレーター)が働く。
- 資本市場の不完全性のミクロ的基礎を導入するには、代表的個人の存在を仮定するのではなく、潜在的に借り手・貸し手となり得る、少なくとも2つのタイプの異質な主体の存在を仮定する必要がある。その上で、①借り手に返済を約束させることが可能な資金の量が限られている(借り手のコミットメントの不完全性)という仮定か、②借り手の支払い能力を審査するのに費用がかかる(貸し手との間の情報の非対称性)という仮定が導入されることが多い。
- バーナンキ等のモデル(上述の②に相当)では、資本ストックを所有する企業家とそれを持たない労働者が共存。労働者の消費支出は、翌期の期待消費と預金利子率に依存して決まるが(IS曲線)、企業の設備投資は、以下の式と新しいケインズ経済学の枠組みに基づき決まる。資本市場が不完全な場合(a>0)、例えば、1%の資本収益率の低下は、(3)より純資産価値を1%以上毀損させ借入依存度が高まるため、(2)の借入依存度は上昇する。
- 上記のモデルによると、一時的なショックであるにもかかわらず純資産価値は長く低迷を続ける。日本のデータを用いて、生産性ショック、需要ショック、金融政策ショックの3種類について、実際にフィナンシャル・アクセラレーターによって増幅されたかを調べると、増幅効果によって実際の振幅に幾分近くなり、同時期の日本経済においてフィナンシャル・アクセラレーターが働いていた可能性を示唆する。
- 資本市場が不完全な場合、望ましい金融政策ルールは、テイラー・ルールを前提として、①インフレ率やGDPGAPへの反応度を調節して、実体経済活動に応じたフィードバック効果を適切に働かせること、②これに加えて、金融面の変数にも反応させて、実体経済活動に応じたフィードバック効果を補強する、という2つの方向性が考えられる。このうち②については、活発な議論がなされており、資産価格の動きが主に経済の需要面を通じて不安定化作用をもたらしている場合はメリットが少ない、短期的・不規則変動を識別することが難しい、借り手と貸し手の間の利害が対立する可能性、等が指摘されている。
コメント 資本市場が不完全な場合の設備投資の変化、望ましい金融政策ルール等についてのまとめ。資本市場が不完全な場合のミクロ的基礎付けのため、「貸し手」「借り手」という2種類の経済主体が導入される。*1望ましい金融政策ルールについては、金融面の変数にそれを反応させるかどうかについて議論がある*2としながらも、今後の研究の蓄積が期待されるとしている。
*1:清水谷論「期待と不確実性の経済学」における調整費用を明示的に考慮した設備投資理論も参照。このバーナンキ等のモデルは、田中秀臣「ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝」(第3章)にも触れられている。