ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

橋本健二「階級社会 現代日本の格差を問う」

階級社会 (講談社選書メチエ)

階級社会 (講談社選書メチエ)

コメント 本書において最も注目に値するのは、映画や漫画といった大衆文化を通じ、過去の作品に描かれた東京の、特に居住地域によってその違いが際だつ「階級」の姿を明らかにしたところにあるだろう。この様な、現在にも続いているであろう「階級」の姿は、確かに現代社会においては隠蔽されているようにも感じられる。
 一方、本書の抱える大きな問題を上げると、1つには「天下り」的に近年の格差拡大を承認している点にある。ジニ係数の上昇の主因を高齢化にあるとする意見に対し、「豊かな高齢者層と貧しい高齢者層が伴に増えたということであり、生活困難な高齢者がそれだけ増えたということである」と述べるが、これは上記の指摘への反論とはなり得ておらず、しかも現実には、高齢層の世帯格差は近年縮小している。
 また、フリーター等の増加については、マルクス経済学の含意から、これを長期的な資本蓄積によって必然的に生じる「相対的過剰人口」であるとみている。さらに、これも「天下り」的に、近代的な労働モデル(長期雇用)は崩壊し、雇用は流動化するものとみている。*1現実には、近年のフリーター等の急激な増加の背景としては長期不況の影響が大きく、雇用流動化についても根拠ある議論であるとは言えない。
 さらに、本書において恣意的に行われる職業等に基づく「階級」付けも「天下り」的であり、(属性コントロール等の操作を一切行わず)時間あたり賃金のこれら「階級」間の違いを「搾取」とする著者の見方は、かなり特殊な規範性を示しているように感じられる。このような規範性は、本書の著者のみならず、本ブログでもかつて取り上げた他の数人の論者の習性にも共通するものである。こうした習性が、マルクス経済学に根ざすものなのかどうかは分からないが、そうだとすれば、その現代的意義は乏しいと言わざるを得ないであろう。

*1:このような指摘は、高原基彰「不安型ナショナリズムの時代」の議論とも共通している。