ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

「atプラス」新創刊号(8月5日発売 太田出版)

http://www.ohtabooks.com/press/2009/07/21122448.html

 「atプラス」新創刊号見本<電子版>なるものを太田出版・編集部よりメールでいただいたので、更新休止期間中ではありますが、せっかくですので紹介させていただきます。

atプラス 01

atプラス 01

 今回の特集は「資本主義の限界と経済学の限界」と題され、執筆陣もそれにふさわしく、岩井克人、水野和夫、稲葉振一郎権丈善一、等々といった人々が名を連ねています。以下、ネタバレの危険があるので、最初の岩井克人『資本主義の「不都合な真実」』についてのみごく簡単に紹介し、感想を付したいと思います。

世界をみる視点の2つのかたち

 「不都合な真実」とは何かを述べる前に、同稿では、まず、世界をみる視点を、「現実の世界のあり方を「理想状態」の「不純な形」と見る見方」と、そうではなく、貨幣などの「自己循環論法」(貨幣は、貨幣であると経済主体の間で認められているがゆえに貨幣である、といったような考え方)の産物を土台とする仕組みは、それを純粋化すればするほど「不安定」になるといった見方、という2つの形でとらえます。より純粋な意味での「新古典派経済学」のように、不純物のない完全な市場交換はその均衡状態において最適な効率性を実現するという見方は、前者の世界観をベースにしたものといえますが、著者は、純粋な市場経済は本質的に「不安定」なものであるとし、価格の硬直性や規制のようなものが、むしろそれによって経済を安定化させてきたととらえます。
 しかし同時に、著者は、資本主義と人間の自由は密接に結びつくものであり、自由を求める存在というのが人間の自己規定である以上、「資本主義を超えるものは絶対にない」とまで言い切ります。進展する経済のグローバル化についても、こうした人間の自己規定を背景としてみれば、否定されるものとはなり得ないでしょう。こうして、著者のような立場をとるならば、資本主義を効率化して最高度の自由を実現すれば必然的に経済は「不安定」化するという二律背反、つまり資本主義の「不都合な真実」というものが現れることになるのです。
 さらにいえば、そのような資本主義の根底には、自己循環的にしかその根拠を規定し得ない貨幣があります。貨幣は、市場経済の中で経済的自由を可能にするために不可欠なものでありますが、ある種の危機においては、経済を「不安定」化させるものでもあります。貨幣は、人間にあらゆるものを手に入れる可能性を与えてくれるものでありますが、貨幣に対する人間の欲望には限界はなく、その結果、消費が減少し経済は恐慌に陥ると考えます。

インフレかデフレか

 このように、貨幣愛が需要の縮小と経済危機を生じさせるという考え方は、ケインズ的な経済観と共通するものと考えることができそうです。しかし、わたし自身が疑問を感じるのは、貨幣が「自己循環論法」の産物でありそれが経済に「不安定」をもたらすものと考えるならば、より問題となるのは、貨幣が経済主体の間で貨幣とみなされなくなること、つまり、ハイパーインフレーションのような事態なのではないか、ということです。貨幣がもたらす経済の「不安定」化という論点を現在の経済危機で生じた大きな需要縮小(デフレ)に結びつけるには、もう少し論理の段階を踏む必要があるように感じます。
 さらにいえば、貨幣がもたらす経済の「不安定」化に対処する上で金融政策の役割をどう考えるか、との視点を同稿にみることはできません。著者は、FRB現議長のバーナンキは、2002年のミルトン・フリードマンの90歳の誕生日に際しその仕事(「合衆国の貨幣的歴史1887-1960」)を賛辞したが、今回の金融危機に対処する中でその考え方を修正したと指摘していますが、この点についても、いかなる意味でそのように解釈できるのかをしっかりと説明してほしいように思いました。(個人的には、今回のFRBの金融政策とフリードマンの理論との間に大きな齟齬はなく、さらには、経済の安定化のためにFRBの果たした役割には非常に大きなものがあったと考えています。)
 貨幣の「自己言及」性による経済の「不安定」性という見方をとらなくても、経済の「理想状態」は、その均衡状態において常に成立するわけではありません。例えば、不完全情報のもとでは経済の均衡は必ずしも理想的なものとはならないでしょう。著者は、同稿の中で「修正資本主義」を提唱し、国家の役割を強調していますが、このような帰結は、むしろこうした見方の中でしっくりと理解しうるものだと思います。ただし、主体性と他人の評価、漱石の「道草」に言及する同稿の最後の部分は、「資本主義の限界と経済学の限界」という今回の特集の趣旨とは切り離してみると、とても興味深い論点であるようにも思いました。

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 他の論文はまだしっかりと読んだわけではありませんが、多様な論者の多様な視点を比較しつつ読むことで、今回の経済危機の背景や経済学の役割といったことについての見識が深まるのではないかと思います。その意味では、時宜にあったよい特集となっているのではないでしょうか。
 なお、この岩井論文については、田中先生も批評を書かれていますのでご参照ください。