ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

完全失業率急上昇の「主犯」

※注記を追加しました。(08/31/09)

※本稿では、エコノミスト的な「お約束」を踏まえた論説に対し、エコノミスト的な「お約束」を踏まえた立場から批判を行ったつもりです。一方、一部のブックマーク・コメントや本稿を引用したサイトの中には、こうした「お約束」を超えた立場からの意見があるようです。そうである以上、これらの意見に対しては、「そうも言えるかもね、で、それがどうしたの?」程度の感想しか持ち得ません。(09/02/09)

※関連して、田中先生のエントリーコメントしました。(09/03/09)

※エントリーの一部を書き直しました。(11/13/09)

 先日発表された完全失業率は5.7%となり、既往最高値となりました。特に注目されるのは完全失業者数の増加幅であり、2009年7月は前年同月差103万人の増加となりました。完全失業者の増加幅が100万人を超えたのは初めてであり、かつ、これまでの最大幅(1999年2月)をみても67万人の増加に過ぎません。
 完全失業率の上昇要因を詳しくみると、やはり、過去に例のない総需要の縮小によって、就業者数が大きく減少したことがあげられるでしょう。ただし、就業者の減少がそのまま失業者の増加につながるとは限らず、求人の減少に応じて労働市場から退出する者が増えれば、失業者の増加は抑制されます。今回の完全失業率の上昇過程では、就業者が大きく減少する一方、無業者でかつ求職活動を行っていない者(非労働力人口)の増加幅は、過去2度の上昇過程と比較して小さなものに止まっています。つまり、就業意欲喪失効果が小さいことが、今回の完全失業率急上昇の「主犯」であると考えることができます。

 同じことは「真の失業率」の推移をみても指摘することができます。景気後退仮定では、就業意欲喪失効果によって、完全失業率よりも「真の失業率」が大きく上昇するというのがこれまでの経験則ですが、今回は、「真の失業率」よりも完全失業率がより急速に上昇しているようにみえます。


(注)真の失業率の推計方法の詳細は、03/09/09付けエントリーおよび06/05/06付けエントリーを参照。

 その背景として考えられるのは、一つには、総需要の縮小があまりにも急激であったため、就業意欲喪失効果が十分に現れていないことがあげられます。あとは憶測になりますが、製造業を中心に離職者が多かった一方、雇用の増加がみられたのは医療、福祉などサービス産業が中心であったため、労働市場の機能がうまく働いていないことが考えられます。就業意欲喪失効果は、これまで特に、サービス産業の女性労働者を中心にみられた現象であったと考えられますが、今回の景気後退局面では、製造業の離職が大きく、医療、福祉などではいまだに雇用が増加しています。この場合、就業意欲喪失効果は小さなものになります。
 女性の雇用者数は、年末から年度末にかけての時期を除けば、これまで比較的堅調に増加してきました。中長期的な傾向として女性の社会参加が拡大し、また最近では、男性の離職に応じ家計補助的に働く女性が増え、医療、福祉を中心としたサービス産業がその受け皿となったことがわかります。
 医療、福祉に従事する雇用者は、高齢化が進むのにあわせ、この5年間で96万人(年率にして3.8%)増加しました。一方、その間、建設業では56万人(同2.4%)、製造業では14万人(同0.0%)の雇用者が減少しました。就業者構成の変化は、これまでの日本の雇用慣行の中では、主として、新規学卒者の就職と引退を通じた長期的な変化によって担われてきたといえますが、今回の局面では、短期間に製造業を中心に雇用者数および労働時間が大きく調整されており、そのため、上述のような「家計内分業」の変化によって所得の維持が図られている可能性があります。
 就業意欲の喪失によって失業者が減少することは、必ずしも雇用環境の改善を意味するわけではありませんが、今回の完全失業率の上昇局面において就業意欲喪失効果が少なかったという事実は、これがあたかも「100年に一度」の雇用危機であるかのようにみなす考え方にも疑問を投げかけます。
 また、一般論としては、上述のような労働市場のミスマッチへの政策的な対応としては
こうした事態に対処するための政策としては、労働需要が高い産業への就職が可能になるよう公的な職業訓練を行うことが中心となるでしょう。
 これらの問題についての分析を深めるためには、労働力調査のフローデータによって、就業状態間の移動の状況を詳しくみることが必要ですが*1、そこまでやるのはどうみてもブログの範囲を超えています。これらについては、日本のベスト&ブライテストなエコノミストの皆様の仕事に期待することとしましょう。

 なお、一部には、雇用調整助成金によって抑制されている失業の増加が顕在化すれば、完全失業率は9%程度になることを指摘する経済の専門家もいるようです。

http://www.j-cast.com/2009/07/12044887.html

しかし、雇用調整助成金の対象となっている労働者は、必ずしも統計上の完全失業者に相当することになるわけではありません。*2例えば、労働力調査における休業者は前年同月差でみて15万人の増加、これに週労働時間が30時間未満の従業者を追加しても70万人の増加となります。これらを潜在的な失業者とみなしても、完全失業率を1%強押し上げるにすぎません。本来の完全失業率が9%であるとの考え方は、政策効果をあまりにも過大に評価してものだといえるでしょう。

*1:一応、玄田先生も同様の指摘をしています:http://www.genda-radio.com/2009/08/post_537.html

*2:これは少し調べればわかることですが、企業の一時帰休は月に数日のケースが一般的であり、全休状態になることはほとんどありません。雇用調整助成金の対象になるのはこうした一時帰休のケースも含まれると考えられ、仮にそれが200万人を超える人数であったとしても、それを全て潜在的な失業者と考えるのはあまりにも乱暴だといえます。また、最近では、経済財政白書の潜在的失業者(白書では「雇用保蔵者」)の数(528〜607万人)から「日本の潜在的失業率は14%」という発言もしているようです(http://diamond.jp/series/noguchi_economy/10030/)。これも少々調べればわかることですが、潜在的失業者の推計は、労働生産性が最も高い場合の労働生産性で現在の付加価値の水準を達成するとしたとき、余剰人員はどの程度かを推計したものです。例えば、小売業のケースで考えた場合、一人あたり売上高を労働生産性に相当する指標と考えることができます。労働生産性が最も高くなるのは、当然のことながら、景気が良く総需要が大きく高まったときです。このときの一人あたり売上高で、現在の総売上高を達成するために必要な人員を計算し、同時に余剰人員を計算したとしても、その余剰人員を潜在的失業者と考え得るとは一概にはいえません。少なくとも、この推計は「供給はそれ自身の需要を創造する」という「セイ法則」が成立することを前提とした考え方だといえ、図らずもか、それを重視する者の経済観を世に示すものとなっています。経済財政白書が公表されたとき、この潜在的失業者の数は大きな話題を呼んだようですが、はっきり言わせてもらえば、このような計算はただの机上の「遊び」に過ぎません。(08/31/09付け追加)