ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

東北・関東大震災の経済的影響を考える(2)

 前回のエントリーでは、震災によって経済の供給面が大きな打撃を受けたときには、必ずしも需要の収縮がそれにともなって生じるわけではなく、経済は次第に回復に向かう傾向があることを阪神・淡路大震災前後の経済指標によって確認した。ただし、震災からの復興には当然のことながら多大なコストを要する。今回は、復興支援のための政府の財源をどのように調達すべきなのか、最近ネットでみかけた提言を2つとりあげて検討してみることにしたい。

 この論文では、(1)流動性制約下の家計を考慮に入れたニューケインジアンモデルと、(2)通貨発行益を考慮に入れたニューケインジアンモデルの2つのモデルによって、復興支援のための財源をどのように調達すべきかを検討している。具体的には、赤字国債の増発と増税にはそれぞれ弊害があることを踏まえ、所得移転の活用ないし通貨発行益(シニョリッジ)の活用という2つの案について、シミュレーションによってその反応の効果を確認している。その結果、所得移転を活用した場合と通貨発行益を活用した場合のそれぞれに景気に対するプラスの効果がみられることがわかった。ただし、所得移転にともなう一時的な増税には消費を減少させる効果があり、一方、通貨発行益を活用した場合には将来的にインフレを引き起こす可能性がある。このため、結論としては、 (1)まず「通貨発行益を利用する財政政策とインフレーションターゲット」の併用策を実行し、 (2)それでも震災復興に不十分であった場合には所得移転を利用する政策を実行する、という二段階の政策を提言している。

 この論文の特徴は、通貨発行益を活用した場合の効果を検討している点であり、乗数効果が働くことで所得移転が景気にプラスに働くことは、ケインズ経済学を踏まえた伝統的な経済政策論でも指摘される帰結である。ただし、同論文では、まとめの中で述べられているように、ゼロ金利制約(流動性の罠)の問題が考慮されていないという問題がある。流動性の罠では、貨幣供給の増加分はすべて家計に退蔵される。家計にとって、公債を保有することと貨幣を保有することに何ら違いはなく、復興支援のために発行する公債を中央銀行に引き受けさせる場合と、家計に買い取らせる場合の経済効果は同じものとなる。特に、所得移転は、相対的な高所得家計に対する一時的課税を財源として流動性制約下にある震災地域の家計に対する給付を行うものであり、高所得家計ではリカード立命題が成立しやすいことを考えれば、それを一時的な増税によって調達しても同じことになる。*1
 このように考えると、ゼロ金利制約下では、復興支援のための財源を調達するための手段として時限的な増税を用いることも、貨幣発行益の活用に変わるオプションとなり得ることになり、かつ将来的なインフレーションを懸念する向きにも受け入れやすい。*2特に、いまの政権をとりまく人々の経済に対する見方を自分なりに敷衍して考えると、このオプションは、極めてフィージビリティの高いもののようにも思える。

 つぎに復興支援の資金を消費税の増税によって調達すべきとする経済学者の意見を確認する。

これから復興にむけて途方もない
費用と労力、そして忍耐を必要と
するだろう。

それを賄うためには、国民全体で
必要な財政を持続的に担保する
ことが不可欠になる。
具体的には消費税率のアップである。

http://www.genda-radio.com/2011/03/post_795.html

 ここで玄田氏が指摘している消費税増税がいかなるものかは不明であるが、一般的には、税率(現在5%)の一律的なアップを意味していると考えるのが自然である。前述で検討した復興支援のためのあり得べき増税とは、原則的には、相対的な高所得家計から流動性制約下にある家計への所得移転をともなうものであり、それによって得た資金は、震災からの復興においてすべて費消されることが要求される。*3よって、それは消費税増税を意味するものとはなり得ず、主として、所得税法人税を中心とした時限的な増税(おおむね3〜5年)によると考えるのが自然である。
 合理的に説明し得るオプションとしての消費税増税は、(1)いわゆる「累進消費税」を導入した上で消費税の増税を行うこと、(2)エネルギー使用に対する課税の強化(特に、ピーク時の税率が高くなるような設計)、などが考えられるが、いずれにしても、それだけで復興に要する資金を調達し得るものとは考えにくく、制度の設計に時間を要するものであり、復興支援のための増税策として適切なものではない。

(参考)

*1:ここでは、中央銀行が公債を引き受けることが経済主体の期待インフレ率を高める可能性は考慮していない。ゼロ金利制約下において、中央銀行による公債の引き受けが期待の経路を通じ景気を浮揚させる効果をもち得るかどうかは、また別段の検討によって判断することが必要になる。

*2:ただし、単年度で復興のためのすべての資金が調達可能かどうかはわからないため、一時的には、公債の発行を視野に入れることが必要である。

*3:さもなくば、増税は景気に対する悪影響を及ぼすものとなる。