備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

GDPギャップについて

 GDPギャップとは、資本と労働が完全に活用された場合のGDP(潜在GDP)に対する、現実のGDPの比を表します。*1経済のグローバル化や技術革新によって潜在的な産出量は拡大し、経済は成長を続けますが、それと同時に景気循環によって経済成長率は大きく変動します。GDPギャップは、この景気循環の側面からマクロ経済の現状を把握するための指標といえるでしょう。日本のGDPギャップについては、管見の限りでは、内閣府日本銀行IMFなどがその推計値を公表しています。
 しかしながら、「潜在」水準を推計することは難しく、推計にあたっては、過去のトレンドをもってその潜在的な水準とすることがあります。最も簡単なGDPギャップの事例としては、現実のGDPのホドリック=プレスコット・フィルターによるトレンド成分を潜在GDPとするケースなどがあります。
 なお、内閣府日本銀行によるGDPギャップはもっと複雑です。日本銀行の推計方法については、以前、日銀レビューで紹介されたことがありました。

この論文については、上記エントリーのコメントにも記載しましたが、結果に違和感を感じるところがあり、すでに多くの留保をともなうものでもありますが、GDPギャップの考え方や推計上の問題などについて簡潔に整理されており、とても参考になります。内閣府の推計方法は、資本のデータセットや非製造業の稼働率に関する部分などこれとやや異なるところはありますが、おおむね同様のモデルに基づいています。
 さて、ここで大きな問題となるのが、潜在GDPに関することです。上記のエントリーにも記載したとおり、「潜在」の意味には、(1)生産要素を最大限投入した場合の投入量を潜在投入量とするとの考え方と、(2)生産要素を「平均的な」水準まで投入した場合の投入量を潜在投入量とするとの考え方、の2つがあります。GDPギャップの推計では、「潜在」水準の計測にあたってホドリック=プレスコット・フィルターを使用していますが、循環的な問題であるはずの不況が長引くと、トレンド成分として計測された潜在水準には下方バイアスが生じることになります。このように考えると、内閣府日本銀行によるGDPギャップは、(2)の意味での潜在GDPによるものであって、(1)の意味での潜在GDPはもっと高い水準にあることから、(本来意味するところの)GDPギャップはもっと低くなる可能性があることがわかります。*2
 また、潜在的な労働量を推計するためには、潜在的労働力率、構造的失業率、潜在的平均労働時間数の3つが必要ですが、例えば、このうちの構造的失業率の推計結果をみると、3%を切るものから4%を超えるものまで様々です。本ブログでも、以前、インフレ率を加速させない完全失業率(NAIRU)の推計を行いましたが、前提のおき方の違いによって、3.62%から3.76%までの幅が生じます。

内閣府日本銀行の推計結果では、現在、GDPギャップはゼロを超える水準にありますが、これらの前提のおき方を変えることで、ゼロを超えない結果を出すことも可能です。
 潜在的労働力率にも特有の難しさがあります。日本の労働市場には、景気が悪くなると、家計補助的な働き方を中心に労働市場から退出するという就業意欲喪失効果があります。さらに、近年高齢化が進んでおり、もともと労働力率の低い高齢者の割合が高まっていることから、現実の労働力率(つまり、人口に占める労働市場参加者の割合)は長期的に低下するトレンドを持っています。仮に、1992年の年齢別労働力率に固定して計測した労働力率を計算すると、その水準は大きく低下しており、高齢化の影響の大きさがわかります。また、現実の労働力率は、それよりもさらに低い水準にあることから、就業意欲喪失効果はいまだに継続していることがわかります。*3

 このように、GDPギャップの推計には多くの困難がともないます。このような数値に基づきマクロ経済の現状を考える場合は、十分な留意が必要といえるでしょう。

*1:GDPギャップ=(潜在GDP−現実GDP)/潜在GDP。

*2:この場合、GDPギャップが「ゼロ」であることは、理論的に特別な意味を持ちません。

*3:日本銀行では、高齢化の影響に配慮して潜在的労働力率を推計しています。