備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

流動性をめぐって──竹森&クルーグマンの議論から

※注記を追加しました。(09/28/09)

(前回のエントリー)

 先日のエントリーでは、竹森俊平「資本主義は嫌いですか」の第1部の内容を整理するとともに、今後の世界経済と我が国経済の行く末について考えた。

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

その後、その帰結部分を読み返しているうちに、まるで貨幣経済はバブルとともに終焉を迎えることを予言するかのような記述があるのを見つけた。これは、その後のリーマン・ショックを予言しているようでもあるが、むしろ、リーマン・ショック後の経済の行く末についても、そう簡単に見通せるようなものではないことを予感させるものであり、漠然とした不安に襲われる。
 そこでは、ゲーテファウスト」を参照しつつ次のように描かれている。メフィストは、ある王国において金の裏付けのない紙幣を発行することにより財政問題を解決し、経済を復興する。無から有を生み出す「バブル」(この場合は不換紙幣)によって経済問題は解決し、国は豊かになる。貨幣経済そのものが「バブル」の要素を含んでおり、貨幣経済を前提とすれば「バブル」は「悪」ではなく、合理的に発生し得るものなのである。
 ファウストはさらに戦争において抜群の功績をあげ、その報奨として得た「広大な沼地」を開拓する事業を行う。自由な土地を自由な人々とともに踏みしめることを夢見つつ、その予感の中で、ファウストの魂はメフィストに奪われる。著者は、「広大な沼地」といわれると、ジョン・ロウによって開拓され、ハリケーンカトリーナによって破壊されたニュー・オリンズ周辺の光景が頭に浮かぶという。

 ファウストにとっての最高の瞬間とは、経済の力によって、それもバブルの風に乗った経済の力によって、不毛な土地を開拓する夢を見ることであった。彼と同じ夢を抱いたものたちは、18世紀にはルイジアナの海より低い土地にある沼沢地を、繁栄する大都会に変え、21世紀には北極圏に近い火山島を黄金郷に変えた。10億の民を抱えた中国、インドといった長い停滞の歴史を持つ国々に発展の息吹を吹き込んだのも、バブルの風に乗った信用創造の力であったかもしれない。だが、その風ももはや途絶えた。

 貨幣経済において流動性が不況の要因となることは、同じく最近読んだポール・クルーグマン「経済政策を売り歩く人々」の中で、ベビー・シッター協同組合をモデルに簡潔に描かれている。この話は、特にネットの中ではすでによく知られているもので、ここで繰り返す必要はないだろう。

経済政策を売り歩く人々―エコノミストのセンスとナンセンス (ちくま学芸文庫)

経済政策を売り歩く人々―エコノミストのセンスとナンセンス (ちくま学芸文庫)

不況とは、ケインズが言うように『国民個個人が現金を保有しようとすることが中心的役割を果たして、社会全体が協調不足になってしまうために生じる』のである。不況には、貨幣経済の動向が密接に関わっている。経済が不況に陥らないために、あるいは、経済が不況から脱出するためには、信用を拡張しバブルの発生を容認することが必須である(のかも知れない)。

G20における議論

 金融政策に関する最近の議論をみていると、バブルの発生は経済を混乱に陥れるため、その原因となる資産価格の急激な上昇を押さえ込もうとする方向性(BISビュー)へと振れているように思われる。*1また、生煮えでありながらこんなエントリーを書こうと思ったきっかけとなったのはピッツバーグでのG20に関する報道を見たためであるが、そこでは、世界経済の「不均衡の是正」や金融規制の強化について議論されており、米国は、貯蓄率を高め、純輸出を拡大することを明確に志向しているようである。これからは、輸出主導の成長をしてきた日本を含む東アジア諸国、特に中国は、内需主導の経済成長が求められることになる。
 これらの動きは、先日まとめたところに則していえば、ケネス・ロゴフが描くところの方向性であり、世界経済の成長率は低下する。日本や、中国を含む新興国では、消費の拡大とともに、「動学的効率性の条件」が回復することで国内投資が進む。ただし、純輸出が縮小する一方で消費が拡大すれば、過剰貯蓄という歪みは解決するが、国内貯蓄を超えるほどの投資のためには、東欧諸国のように、海外からの資本輸出に頼る必要性が生じることになる。*2

流動性をめぐって

 日本や新興国内需(消費・投資)は、どのような条件のもとで拡大し得るのか。著者は、「成長率の低下」は、現在の世界経済が抱えるさまざまな「矛盾」と「ゆがみ」を一挙に解決する効果を持った「魔法の妙薬」』であるのかも知れないと語る一方で、世界経済が拡大するもう一つのシナリオが実現するための政府の役割についても語る。しかし、冒頭に書いたように、貨幣経済に対する「葬送の言葉」によりその語りを終えているのである。その背景には、どんな意図があるのだろう。
 話は第2部へと移るが、そこでは、流動性が持つ二つの側面についてのヒュン・ソン・シンのコメントが紹介されている。第一の側面は、「公共財」(非競合性または非排除性を有する財)としての性格である。第二の側面は、その「公共財」としての性格が、金融取引に参加する者の異なった意図に立った行動から生じることである。つまり、証券を売って流動性保有しようとする者は、流動性を供給する別の主体の存在によって、その目的を達することができる。一方で、金融取引に参加する者の意図が一つの方向に強く促されると、流動性はその「公共財」としての側面を失い、経済は混乱する。これは、かつてのブラック・マンデーやサブプライム・ローン問題以降の金融市場を考えればわかるとおりである。
 先に書いたクルーグマンのベビー・シッター協同組合の話からもわかるように、不況は、流動性が不足し*3その「公共財」としての性格が失われることによって生じる。つまり、日本や新興国内需拡大によって世界経済の歪みを解決するとともに、世界経済を一定の成長経路に乗せていくためには、単に「動学的効率性の条件」が回復するだけではだめなのかも知れない。流動性が持つ「公共財」としての性格が維持され、経済が長い不況に陥らないよう金融緩和を図り、時として、バブルの発生をも許容することが必要となるではないか。
 1970年代以降の貨幣経済の動向を研究しているあるエコノミストの意見によれば、「動学的効率性の条件」が回復したとしても、その状況を放置することは好ましくないという。

 世界的な枠組みで捉えれば「国内に新規の投資対象が無い」という状況は新興国、そして我が国も同様であるが、投資対象の無さと「動学的効率性」との関係を考えると、金融緩和によって「動学的効率性が満たされる状況」の下で新規の投資が円滑になされることを後押しし投資収益率(=金利)を下げ、あわせて名目成長率を上げ、そして「動学的効率性が満たされない状況」、すなわちバブルの方向に持っていくことが、我が国にとっては必要なのではなかろうか。

 我が国だけではなく世界の多くの国々において、今後しばらくは、緩和的な金融政策運営が必要となるだろう。デフレによって消費が促進されること(ピグー効果)はあり得ず、消費を促進するには、家計を含めたマクロの所得(名目国民総所得)が拡張することが必要である。また、巨額の財政支出長期金利の上昇につながれば、投資は促進されない。国債の消化という観点からも、中央銀行は一定の役割を求められるだろう。こうしたことは、時の政権や中央銀行の意向がどうであれ、必然的に進まねばならない道である。*4
 しかしその一方で、世の議論はバブルの発生には過度に過敏になっていくことが想定される。つまり、世界経済は、長期的な安定の時代から、不況が当然のように生じ得る時代に移り替わろうとしている(のかも知れない)。むろん、その影響は経済だけに及ぶものではなく、戦争やテロの危険も高まってこよう。「政府の役割」という意味では、長期的な成長に寄与する「上げ潮派」的なミクロの成長戦略よりもむしろ、その循環的な側面に関わる財政・金融政策の方が重要なのではないか。

 なお、自分はいま、改めて「経済論戦は甦る」を読み返しているところである。この当時(2001年頃)の小泉政権の動きが、まさにいま現在の民主党政権の動きに被ってみえるところがおもしろい、というか恐ろしいところである。

経済論戦は甦る (日経ビジネス人文庫)

経済論戦は甦る (日経ビジネス人文庫)

 ・・・などと書いていたところ、タイミング良く(というか悪くというか)、竹森俊平氏と小峰隆夫氏の対談(上)が日経ビジネスONLINEに掲載された。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20090925/205567/

お二人とも、デフレと高失業は継続し投資の拡大は当分望めないとの見方に立つ。また、アジア開発銀行(ADB)を通じた資金供給力の強化によって、アジア経済の発展に対する日本のプレゼンスを高めていくことが重要であるとコメントしている。これもまた、新興国に対して積極的に流動性を供給し、世界経済の成長を牽引していく上で役立つことになるだろう。

関連エントリー

*1:溜池通信「かんべえの不規則発言」の9月16日のコメントを参照。(http://tameike.net/diary/sep09.htm

*2:現実には、東欧諸国では、今回の金融危機以降非常に大きな経済の落ち込みを経験し、対外債務の問題が懸念されている。

*3:流動性の不足は、SNA統計では、貨幣流通速度の低下に現れる。(http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20090804/1249394197

*4:唯一懸念されるのは、原油等価格の上昇である。クリーン・エネルギーの拡大に積極的であることは、こうした文脈からも理解できる。