備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性の日米比較

 1990年代以降の経済については、米国では順調に成長が続いた一方、日本では「失われた10年」とよばれるような長期にわたる停滞があったことが対比的に論じられている。ところが、従業員1人あたりでみた実質付加価値額、すなわち従業員単位でみた労働生産性については、1980年を基準としてみた場合には、いまだ日本の方が高い水準にある。少子高齢化が進む日本では、労働者1人あたりの資本装備はしだいに高まることから、労働生産性は上昇し、賃金も高まり、人々の生活はより豊かになってゆくとの楽観的な見通しは、ひと頃、盛んに取り上げられたものである。
 実際に、従業員1人あたりの実質付加価値額の推移を1995年を基準としてグラフにすると、つぎのようになる(使用したデータは、すべてEU KLEMS DATABASEによる)。

 日本の労働生産性は、1980年代の急激な上昇過程から、1990年を境として屈折し、その後、米国を下回る伸びとなっている。しかしながら、マクロのデータを比較した際の明らかな米国との違いと比べれば、その印象は極めて異なるものである。
 問題は、この事実をもって、少子高齢化が進む日本経済を楽観的に見通すことができるかどうかであるが、日米の労働生産性増減率を寄与度分解すると、楽観論に立つことは、そう容易なものではないことがみえてくる。まずは、米国のデータからみていくことにする。なお、データは2007年までのものであり、その後の金融危機を踏まえたものにはなっていない。

 米国では、おおむね10年ごとにリセッションが生じており、実質付加価値額の伸びが縮小ないしマイナスに転じる一方で、従業者数は減少する。すなわち、雇用調整によって、労働生産性の低下幅をある程度抑制していることになる。また最近まで、従業者数の一定の伸びは、傾向として続いていたことがわかる。つぎに、日本のデータをみることにしたい。

 日本では、1990年を境に、実質付加価値額の伸びが明らかに低下している。また、従業者数は米国と比較してその伸びが総じて小さいうえ、1998年から2003年にかけて大きく減少し、労働生産性の低下幅を抑制している。従業者数の伸びが小さいことの背景には、生産年齢人口が増えないこともある程度作用していると考えられるが、1990年代以降の動きをみる限りでは、経済の循環的側面の影響も強く受けている。この間、完全失業率が急激に上昇したことも考え合わせれば、現段階においては、前述のような長期的な楽観論を引き出すことは困難である。

 さて、1990年代以降の日本の実質付加価値額の停滞について、詳細なEU KLEMS DATABASEの強みを活かし、もう少しみていくことにしたい。成長会計の考え方にしたがい、実質付加価値成長率を労働、資本それぞれの投入寄与と全要素生産性の寄与にわけるとともに、これを産業別にみたものが以下の表である。労働は総労働時間と属性(学歴、性、年齢)別の構成変化、資本はIT資本と非IT資本に、その寄与をわけてみることができる。期間は1980年から1995年までと、1995年から2006年までの二つにわけている。

 実質付加価値成長率は、どの産業においても低下しており、さらにこれに加え、相対的に成長率の低い「非市場サービス」(公務、教育、医療、福祉等)の構成が高まったことがその低下に寄与している。また、成長率の低下には、労働(L)と資本(K)それぞれの寄与が縮小したこと、全要素生産性(MFP)の寄与が低下したことが影響している。特に、資本の投入寄与が低下したことの影響は大きい。
 労働と資本の投入寄与が低下していることについては、二通りの解釈ができよう。一つには、サービス経済化が進むなど産業構造が成熟化し、日本経済が、資本蓄積がこれまでのようには期待できない局面に入ったというものである。二つには、1995年以降のデフレによって、実質賃金と実質金利が高止まりし、雇用や設備投資の伸びが抑制されたというものである。これら二つの解釈のうちでは、後者の解釈の妥当性が大きいものと考えられる。その理由を述べる前に、米国のデータを同様にみておくことにする。

 米国では、実質付加価値成長率は1995年以降の方が高くなる。資本と労働の投入寄与は、日本のように大きく低下するようなことはなく、特に資本の寄与は、1995年以降の方がより高くなっている。全要素生産性の寄与も、日本の場合とは逆に、1995年以降の方が高くなる。
 産業別の実質付加価値額構成比をみると、米国の方が「非市場サービス」の構成比が大きい。また、製造業の構成比は、日本の方が総じて高くなる。このように、サービス経済化の進展度合いは米国経済の方が進んでいると考えられるが、資本の投入寄与は米国の方が高くなっており、これらを合わせて考えると、日本の資本の投入寄与の低下は、デフレにともなう実質金利の高止まりが設備投資を抑制したことによるものと解釈する方が自然であろう。

※上記テーブルのCSVファイルを以下に提供する。

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