備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

武藤一郎、木村武「不確実性下の金融政策」(日銀レビュー)

  • 外生ショック(原油価格、世界経済の変動等)、マクロ経済の構造(政策乗数、GDPGAPの計測誤差等)、さらには社会の経済厚生関数など、様々な不確実性が存在する場合に、どのような政策対応を行うべきか、について、理論的な考察を行っておく必要がある。
  • 金融政策の主たる目的である物価の安定は、損失関数E[(dp-dp*)^2]…(1)*1 dp:インフレ率、dp*:目標インフレ率 の最小化として標記される。(1)は、[E(dp)-dp*]^2+V(dp)…(2) のように展開されるが、第1項は、インフレ率の平均と目標インフレ率の乖離(「バイアス」)、第2項はインフレ率自体の「分散」。金融政策は、これらを考慮して運営される。
  • インフレ率と政策変数x*2にdp=ax+e…(3) の関係式を考える。政策乗数aに不確実性がない場合、E(dp)=ax+E(e)、V(dp)=V(e)…(4) となり、外生ショックeに関する追加的な情報がない限り、「分散」を低下させることはできない。この場合、金融政策は、「バイアス」を最小化させること、つまりx*={dp*-E(e)}/a…(5) が最適となる。eの不確実性は、xをいくら大きくしても影響を受けず(加法的不確実性)、その程度を政策(xを動かすこと)によって改善することはできないため、不確実性がないとの前提で、つまり(5)のE(e)を実現値eに置き換えて、政策運営をすることになる(確実性等価)。
  • 一方、外生ショックeに不確実性がなく、政策乗数aに不確実性がある場合、(4)式は、E(dp)=E(a)x+e、V(dp)=V(a)・x^2…(7) となり、政策変数xを大きく変動させるほど「分散」は大きくなる(乗法的不確実性)。V(a)が大きくなるほど、(dp*-e)に対する政策反応は小さくなるため*3、eに対してxを大きく変化させず、保守的な政策反応をすべきということになる(ブレイナードの保守主義)。
  • インフレ過程の動学性を考慮するため、x:GDPGAPとして動学的なフィリップス曲線dp(t)=c・dp(t-1)+ax(t)+e(t)…(9) *4として、仮に中央銀行はxを完全にコントロールできると考える。損失関数はE[(dp(t)-dp*)^2+w(x(t))^2]+E[(dp(t+1)-dp*)^2+w(x(t+1))^2]…(10) と考えることがより適切であり、この場合、インフレ率とGDPGAPにはトレードオフが生じる。インフレ率の慣性cに不確実性がある場合、来期のインフレ率の分散を小さくしようとすれば、今期のインフレ率の分散を小さくする必要があり、そのためには、GDPGAPxを、不確実性がない場合に比べ、より改善させることが望ましい。
  • 政策乗数に不確実性がある場合のミニマックス・アプローチ(略)、及びGDPGAPに計測誤差がある場合のテイラー・ルールr=n_dp(dp-dp*)+n_x(x+d)…(15) について。計測誤差dがある場合、損失が最小になるよう設定されるパラメータn_xを大きくし過ぎると、金利は計測誤差に不必要に反応する。米国の70年代の大インフレが、GDPGAPの計測誤差によってもたらされたとの説。

コメント 安達本を読みつつ、金融政策についての理解を深めるため、暫く日銀レビューをフォローしていくつもり。本論文は、各種の変数に不確実性がある場合の金融政策の在り方についての簡潔な整理。ここで「不確実性がある」と呼ばれているのは、変数の期待値及び分散は知っているが、正確な値は知らないケースを指している。①政策乗数が不確実である場合は保守的な政策運営が望ましいが、②動学的には、来期の不確実性を最小化するため、今期の不確実性を最小化するような積極的な政策運営が望ましい、③GDPGAPの計測誤差を考慮した場合は、保守的な政策運営が望ましい、との指摘など、参考になる。

*1:数式番号は、論文本体に併せているため、番号が飛ぶ場合がある。

*2:短期金利ベースマネーが該当。

*3:含意OK。式の展開はpending。

*4:フォワード・ルッキングなNKPCとの違いに留意。