1.はじめに
- 金利の期間構造を介した金融政策と短期・長期金利の関係は、期待仮説とフィッシャー方程式に立脚。期待仮説では、期間の長い金利は、その間の予想短期金利の平均に、不確実性への対価であるターム・プレミアムを加えたものに等しくなる。
- 短期金利(オーバーナイト物無担保コール・レート)と長期金利(10年物新発国債金利)の変化幅の関係をみていくと、
- 短期金利と長期金利の前月差には、正の相関があるが、大きなばらつきがあり、短期金利の方が長期金利よりも変動範囲が狭い。短期金利は、中央銀行の操作目標水準の近傍で安定的に推移するよう平衡化されるが、長期金利は、短期金利の予想経路の変化を反映。
- 短期金利と長期金利の水準でみると、同様に正の相関があるが、①長期金利の方が短期金利よりも変動範囲が狭く、②平均的にみると、長期金利が短期金利よりも高い。長期的には景気循環の影響は均され、短期金利の将来経路は、長期的な均衡水準に収束。
- 長期金利と物価上昇率には、正の相関があるが、傾きは有意に1よりも小さく、長期金利には物価上昇率だけでなく人々のインフレ予想が反映。
2.長期金利の決定メカニズム
- 期待仮説を前提にすると、長短金利差の拡大は、将来短期金利が上昇すると予想されていることを意味する。ただし、この点に関する実証結果は、金利の満期に依存。3カ月程度までの短期金利では予測力が極めて高いが、3カ月〜1,2年程度の満期では、予測力が検出されない。ところが、2年程度を超える長期金利では、再び予測力が検出される。政策金利の将来経路の予測可能性が時間的な視野によって異なる、との観点から整理すると、3カ月〜1,2年程度の満期では、現在の政策スタンスに沿った漸進的な政策行動がどの程度続くかの予測がきわめて困難。これに対し、より長期の金利は、景気循環の影響が出尽くした均衡状態に関する市場参加者の予測が重要になる。
- この点から、金融政策の効果を考える上では、金利の期間構造に織り込まれている将来の政策効果(policy effects in the pipeline)に及ぼす影響は重要であり、例えば、既に織り込まれている政策金利の変更が予想通りに実施されても、金利の期間構造は変化せず、追加的な政策効果をもたらさない。金利の期間構造に包含された市場の期待形成は、フォワード・レート(例えば、市場で取引される1年物、2年物金利(スポット・レート)から逆算された1年後スタートの1年物金利)を推計することで確認できる。New IS曲線を将来に向かって展開すると、今期のGDPGAPが将来にわたる予想実質金利ギャップによって決定される。つまり、金利の期間構造に織り込まれる市場参加者の政策金利の予想経路には、実質金利ギャップの将来経路と、それに基づく将来にわたる物価上昇率の予想が反映。
3.長期金利とインフレ予想
- 物価連動国債による実質金利の研究によれば、①長期の実質金利は比較的安定し、名目長期金利の変動は主としてインフレ予想の変動に起因、②ただし、長期的なインフレ予想は、実現した物価上昇率と比べると、かなり安定的。フォワード・レート・カーブは、期先に近づくに従い一定の値(長期フォワード・レート)に収束する傾向。長期フォワード・レートは、均衡実質金利+均衡インフレ率+ターム・プレミアムと分解できる。
4.金融政策に対する金利の期間構造の反応
- 政策金利の引き上げが行われた時に、金利の期間構造がどう変化するかを考えた場合、「基本形」として、短期ゾーンが持ち上がるが、期先のゾーンになるにつれて、上昇幅が小さくなるケースがある。例えば、一時的な生産性上昇に対し、時間と伴に減衰するプラスの自然利子率ショックが発生した場合、金融政策は、これを相殺するように政策金利の将来経路を引き上げるが、定常状態は不変。これに対し、金融政策の信任が低下している場合(実行された政策金利の引き上げでは、自然利子率ショックを完全には相殺できない、と認識されている場合など)、逆に向上している可能性があるケースでは、定常状態に対する見方が変化し、長期フォワード・レートの水準が変化。
- 量的緩和政策のコミットメントを通じた時間軸効果について、フォワード・レート・カーブの変化により検証すると、政策開始後、10年以下のゾーンでカーブが大きく低下し、ゼロ近傍で平坦な部分(「時間軸の長さ」)は、2年近くの満期まで広がっている。市場参加者は、量的緩和政策が向こう2年程度継続し、その後もゆっくりとしか変化しないと予想した可能性。また、長期フォワードレートと「時間軸の長さ」には、右下がりの関係。
- 留意すべき事項として、①長期フォワード・レートが予想されていない情報に対して過剰に反応する問題、②中央銀行が民間部門のインフレ予測に機械的に反応するような政策をとった場合、合理的期待形成を仮定した均衡が負決定になる可能性(円環性問題)がある。
5.新しい展開:マクロ=ファイナンス・アプローチ、6.おわりに
コメント 金利の期間構造には市場参加者が予測する金融政策効果の将来経路が織り込まれているという仮定に立脚し、量的緩和政策の効果を検証。量的緩和政策は、市場参加者の期待に働きかけること、時間軸効果を生じさせることに成功している、という興味深い結果。