ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

日本の賃金制度──考えるためのひとつの補助線

 下は、稲葉振一郎「労使関係史から労使関係論へ」からの引用です。

 高度成長期の労使関係の一局面に例を採って、この仮説の試運転をしてみよう。興味深いことに、先述の戦後的特質は高度成長化の企業と産業の急速な合理化にとって機能的に作用した。ここでは「能力主義管理」の根底をなすいわゆる「職能給制度」について考えてみよう。戦後期日本の重工業大経営は設備合理化の中で、アメリカ流のテーラー主義的な職務給制度を導入しようとして失敗した。職務給制度は生産設備体系と職務体系と労働者の処遇の体系を一対一対応させようとするものであったが、急速な合理化の下での設備の連続的更新、職務研究に必要なインダストリアル・エンジニアリングの知識と人材の不足などによってその確立は間に合わなかった。替って現れた職能給制度はこの一対一対応の設定の断念の上に成立していたが、そうすると賃金決定の原理が消滅して宙に浮いてしまう。しかしながら職務給導入によって解体された「電産型賃金」、年功的生活給制度に復帰することはできない。何となればそれは、産業報国会の遺産の上に立脚してではあったが、戦後初期の労働運動の高揚の中で形成されてきたものであり、それに安易に復帰しては賃金決定のヘゲモニー労働組合に奪われることになりかねなかった。そこで職務とは別に、戦前からあった資格制度(当初は職位職階と対応したものであったが、やがてそれとは分離した)が見直され、職務と資格とを融通無礙に組み合わせて賃金・処遇を決定する「職能的資格制度」が案出される。
 しかしそこに原理は不在であった。むしろ原理……ルール不在の賃金決定メカニズムがそれに伴って形成されていったことこそが、職能給制度の定着をもたらしたのである。それが人事による査定である。これは人事部門の独裁を意味するものではない。職場レヴェルの下級職制による日常的な評価の情報が人事部門によって総合されて、各従業員の賃金・処遇が決定されるのである。つまりここでは公式組織的契機のみならず対面的相互作用的契機が広汎に動員されているわけである。この結果人事労務管理の機構と生産管理の機構とが相対的に分離され、互いに制約となる度合が大いに低くなった。このことが、合理化に対する労使関係の制約を小さくしたのであるが、重要なことはそのような「マギレのないルール」不在の労務管理と労使関係に従業員が耐えられた、ということである。反面こうした労務管理体制の下ではほとんどあらゆることが「職務遂行能力」として評価の対象となり得るし事実なってきた。これを石田光男氏は、「この場合、日本的「能力」概念は「人柄」「人格」とほとんど同義である」と述べておられるが、正確には「人格」という語の方にも「日本的」という形容を付加する必要があろう。

http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/rousi_.htm

 読者の方には、是非、論文の全体を読んでいただきたいところですが、この部分だけを引用したのは、下の人事コンサルタントの方が書いた文章と比較すると、その内容のレヴェルが非常に対照的であることがわかるからです。*1

http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/915fd1d1f303e932d44b8e52dad023e0

 専門家であれば、「同一労働、同一賃金」といったワーディングは、そう軽々しく使えるものではないでしょう、普通。ちなみに、大内伸哉先生も、『欧州で「同一労働同一賃金の原則」があるのは、正社員にも職務給が適用されているから』であって、日本で同じように導入すべきというのは『専門家としてもとても受け入れられるものではない』と書いています。

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*1:とはいえ、この白書のことは、わたし自身も以前批判的に引用し、連合の方針を批判したことがあります。(http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20081116/1226838843#20081116f2