備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

松嶋敦茂「功利主義は生き残るか 経済倫理学の構築に向けて」(3)

功利主義は生き残るか―経済倫理学の構築に向けて

功利主義は生き残るか―経済倫理学の構築に向けて

密度の濃い議論

 最初から最後まで全速力で進行していくような、密度の濃い議論が展開されている。本書では、功利主義に共通するいくつかの特徴・視点を導入として、代表的な論者のそれぞれの主張の違いがみえるよう、精密に議論が展開される。大枠的に言えば、前半では経済学者、(ハイエクを挟んで)後半では倫理学者の議論が中心となる。「経済倫理学の構築に向けて」と標題に掲げられるが、恐らくこの「向けて」という部分に、本書は主要な意義を持つものであろう。その上で、功利主義は生き残る、というのがその問いへの答えとなろう。
 功利主義を基礎付ける上で、社会的効用の集計に際し、(1)諸個人の効用の可測性(基数性)と、(2)諸個人の効用の個人間の比較の可能性、という2つの条件を満たすことが、最初の出発点となる。これに対し、ロビンズは、選好順序は(基数的なものではなく)序数的なもので、異なる2つの選好順序の背後に、それ自身比較され得る大きさがあると想定することはできないと主張した。これ以後、序数的効用を前提とした(実証科学の1部門としての)経済学が展開されるが、これに対し、(1)、(2)の条件を排除した場合、完全で推移的な順序と広範性(個人のある種の選好順序を、社会的効用は反映する)を前提として、(U)全員一致の場合の社会的効用に関するパレート原理、(N)非独裁性、(I)無関係な選択対象からの独立性、の3つを同時に満たす社会的効用は存在しない、というのが有名なアローの不可能性定理である。*1
 この議論は、まだ先に続くのであるが、本書の議論は、このような方向に単線的に進むわけではい。恐らく、そのような議論の方向性について、著者自身、批判的なのではないかと想像する。本書では、経済学史的に理論の比較を行い、それらを最後にカテゴライズし、経済倫理学の構築に「向けて」、期待できる方向性は何かを議論する。自分自身、十分に理解できた自信があるわけではないが、著者が期待しているのは、モラル・サイエンスとしての経済学の復権であって、そのために、ルール改良の原理として、社会的合理性を保障する「道徳的」なルールを求めているのではないかと想像する。

*1:板谷淳一北大教授講義ノートがわかりやすいので、参考までに紹介。