ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

今年の10冊

恒例のエントリーです。以下、順不同で。

岡崎久彦『戦略的思考とは何か』

1983年刊。現在、ソ連は既になく、中国が著しく台頭しその核心的利益が明確になる中、日本の周囲の情勢は様変わりしているが、本書にある「思考の型」は今でも当てはまる。日本の地政学的、或いは米国の勢力圏としての位置付けに、今も何ら変わりはない。例えば、集団的自衛権の必要性、何故アメリカがそれに強く拘るのかも、本書の「思考の型」を当て嵌めればよく理解できる。デモクラシーの下での戦争、情報重視戦略など、頁を捲るごとに学ぶべきポイントが次々に現れる。日本がこれまで如何に恵まれた環境にあり、情勢判断も戦略もない「単純思考」でも生き残ることができたのは何故なのか、つくづく思い知らされる。日本の進路とは、主体性は持ちつつも、「決定」すべきものではなく、「発見」すべきものなのだろう。

春名幹男『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』

数々の陰謀論に塗れたロッキード事件及びダグラス=グラマン事件について、機密解除された米政府文書を丹念に調査、また関係者へのインタヴューを行い、新たに事実を証明。本書が明らかにするのは、日本の検察当局に対する文書提供にキッシンジャー国務長官の関与があり、その背景にはキッシンジャーの田中に対する嫌悪があった可能性が高いことで、多くの陰謀論が生まれた背後関係についても丁寧に追う。一方、その事実が日本国内に知れ渡ると日米安保に対する不信感を生みかねないルートについては、米国からの協力が十分に得られず、検察が政治権力に踏み込むことはなかった。結果的に、ロッキード事件の児玉ルートや、岸信介、ハリー・カーン等が関与したダグラス=グラマン事件は、現在も(本書の取材によっても)現金の流れを追うことはできていない。

牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』

traindusoir.hatenablog.jp

兵藤釗『戦後史を生きる 労働問題研究私史』

traindusoir.hatenablog.jp

国家や制度等を組み込まない労働問題に関する議論としては、「労働市場」を基礎とするものが唯一、リアリティを感じさせる。その議論は、デフレ均衡からの脱却や市場の調整力向上を目的とするが、議論の方向性は一律ではなく、加えて帰結との因果関係も明確ではない。近年は、その議論も制度や施策を前提とし、帰結との因果関係を推論する政策評価的なものが目立つ。

濱口桂一郎海老原嗣生働き方改革の世界史』

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80年代の労使関係と90年代以降の物価(デフレ)との関係は(文献も含め)ちゃんと分析してみたいところ。またジャコービイ『雇用官僚制』(米国の内部労働市場)は10年位前に読んでいるが、今改めて読み直せば、以前とは違う風景が見えるような気がする。

稲葉振一郎『社会倫理学講義』

倫理学の教科書的見取り図を提示。本書の見取り図に従うと、自由主義(カント主義)と功利主義の関係や、マルクスポストモダニズムの位置付けを(より)客観的な視点から把握できる。世の中一般では、マルクスポストモダニズムについての類書がよく目に付くので、こうした視点を持てることは重要と思えた。また功利主義に関する自分の理解は、やや自由主義から離れた位置付けであることがわかった。後半の応用倫理学は、倫理学に関する新しい動きについての知識が得られて面白い。近代的な「主体」とは異なる受動的(消極的)な在り方は読み進むごとに気になる点であるが、レヴィナスが最後に取り上げられるところは「それらしい」と思う。

リチャード・ディーコン(橋口稔訳)『ケンブリッジのエリートたち』

ケンブリッジ大学内の〈秘密結社〉で、「エリート中のエリート」が互選的に選ばれ、週末に議論を行うケンブリッジ使徒会に関する、極めてまとまった書籍。巻末にはその名簿も付される。訳者解説では、ケンブリッジ大学の組織や、学生の主要な輩出元であるパブリック・スクールに関する解説もある。1985年の出版。第二次オイルショックの記憶がまだ残る時代背景からか、ケインズ及びケインズ主義に対する著者の見解は手厳く、(自分の努力だけで常に生き延びている)大衆の生活に対する無知とまで言及する(ケインズについては、経済学者として知られるそれとは別の側面もみることができる)。訳者解説でも、著者にはサッチャー政権下で国民間に生じたナショナリズムの傾向がみられると指摘されている。後半の、チャーチルの戦時内閣で統計組織が生まれた過程や、(それによって可能になったであろう)社会学がランシマンにより会の討論に現われ始めた経緯なども面白い。

大栗博司『探求する精神 職業としての基礎科学』

研究者、基礎科学者として、長年、日本や海外の大学、研究機関に勤めてきた著者の回顧録。幼少期、学生時代から現在まで、それぞれの「選択」の場面で何を考えてきたかを明確に表現、またどんな本を読み、影響を受けてきたかを整理。後者について、松島与三『多様体入門』の「フロベニウスの定理」の証明に納得がいかなかった件は印象的。「幸運の女神の前髪をつかむ」については、これをより若い時代に認識できているかが、その後の人生を大きく左右する極めて「重い」話。突然訪れる「幸運」は、迷っているうちに通り過ぎ、掴み損ねれば即座に別の人物に移る(代わりはいくらでも居る)。また突然訪れる「幸運」を掴むには、相応の準備ができている必要がある。