備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

労働生産性、労働分配率と生活水準に関する考察(2)

(過去のエントリー)

 承前。

 前回は、実質賃金(貨幣の購買力を加味した実質的な賃金水準)の増減率について1970年代から現在までの推移を概観し、実質賃金増減率は1970年代と比較して現代では明らかに低くなっていることを確認した。2002年以降の景気回復期においては、労働分配率の低下が実質賃金増減率低下の主要な役割を占めている。しかしながら、賃金は生産活動によって生み出される付加価値からの配分であることを考えれば、実質賃金を増加させ生活水準の向上を果たすためには、労働生産性(就業者1人当たりの付加価値額)を高めることが必須といえる。
 1970年代以降の労働生産性(前年比)の推移をみると、1990年を境に、その幅が一段低い水準に止まるようになったことがわかる。

 ここでは、まず生産関数アプローチによって、労働生産性の低下を供給側の要因から探る。通常の労働生産性は、資本の貢献を無視しているが、生産関数を用いることで資本の貢献が明示的に扱われる。
 生産関数アプローチでは、資本、労働の投入によって生産されるものは(市場の価格調整メカニズムによって)全て需要されるという「古典派」*1的な経済観に立つことになる。しかし、労働生産性は総需要の縮小によって低下することも考えられる。これは、生産関数アプローチの場合とはいわば「逆向き」の因果関係が成り立っていることを意味し、これが事実とすれば、供給側の要因から解釈された分析の解釈は見直しを迫られることになる。本稿では、そのような観点からの批判の一つとして、浜田宏一、堀内昭義「論争 日本の経済危機」から野口旭氏の論考を紹介する。

モデル

 (1)のコブ・ダグラス型生産関数、および完全競争市場と伸縮価格を前提とする。
 Y=A・K^a・L^(1-a) … (1)
ただし、Y:産出量、K:資本ストック、L:労働投入量とする。(1)式から、労働の限界生産力は、
 pdY[/pdL]=(1-a)・A・K^a・L^(-a)=(1-a)・[Y/L] … (2)
となる。ここで、前提条件から労働の限界生産力は(実質)賃金に等しいため、下式が成立する。
 pdY[/pdL]=w* … (3)
ただし、w*:1人当たり(実質)賃金とする。ここで、前回エントリーでみたように、1人当たり賃金は労働分配率労働生産性(1人当たり産出量)を乗じたものに等しくなることから、(1-a)は労働分配率となることがわかる。
 (1)式から、(対数)増減率によって、産出量、労働生産性の増減要因を分解することができる。
 dot(Y)=dot(A)+a・dot(K)+(1-a)・dot(L) …(4)
 dot(Y/L)=dot(A)+a・dot(K)-a・dot(L) … (5)
 ただし、Aは観測データより把握することができないため、資本、労働のそれぞれの寄与を左辺から除した「残差」として計測する。このようにして、産出量、労働生産性の増減率は、資本、労働それぞれの寄与と、残差として計測される全要素生産性(TFP)寄与の3つに分解される。
 ここでは、前回使用したデータに製造業の稼働率調整*2を行った民間資本ストックを加え、(5)式による要因分解を行う。ただし、資本と同様に労働(就業者数)も稼働率調整が必要であるため、ここでは労働投入量として就業者数×労働時間のデータを用いる。

分析結果

 分析結果は次のようになる。

 1970年代と比較して労働生産性が伸びなくなったことの主因は、経済成長に占める資本の寄与がかつてよりも縮小したことにある。資本の寄与は、1990年代半ばを境として一段と縮小し、1998年以降は1%を超えることがない。投資機会は、経済の成熟とともに長期的に低下しているほか、1998年以降は日本経済はデフレ下にあり、実質利子率の高止まりが投資を抑制したものと考えられる。
 さらに、1990年代はTFPの寄与がマイナスとなる年が目立つ。実際、長期不況に関する供給側からの分析では、TFPの低下が第一にあげられることが多い。*3一方、2002年以降の景気回復局面では、TFPの上昇が労働生産性の拡大に大きく寄与している。
 労働の寄与は、2002年以降の景気回復局面において減少傾向にある。これは、産出量の拡大のため、より多くの労働が投入されたことを意味している。これに対し、長期不況期には労働投入の削減によって労働生産性の拡大が図られている。
 既存の研究動向をみると、産業別データを基に労働生産性の増減率を資本、労働、TFPのほか、生産要素市場の歪みの効果に分解したものがあり、宮川努氏の分析*4や、大谷・白塚・中久木氏の分析*5などがある。

 上の図表は、後者の分析によるものであるが、1992〜1998年のポスト・バブル期では、TFP、資本の寄与が縮小しているほか、生産要素市場の歪みによって経済成長率が鈍化していることがわかる。*6

まとめ

 このように、生産関数アプローチでは、労働生産性の伸びが鈍化した要因として、資本寄与の低下のほか、特に1990年代の長期不況期ではTFP寄与が低下したことが指摘される。TFP寄与が低下した原因として通常指摘されるのは、産業構造調整の不良であり、生産性の低い分野が温存されそこに雇用が張り付いたことである。その結果、潜在成長率が低下し、それが長期不況の主な要因となったとされる。
 これに対し、野口旭氏は、2財の一般均衡モデルの含意から、「高生産生産業の縮小と低生産性産業の拡大」という現象は、極めて正常な産業構造調整の姿であるとする。生産性の上昇した財の生産量が単純にその分だけ増加するとき、その財の相対価格は低下する。したがって、その産業の要素報酬(賃金、利子)もまた他産業のそれよりも低下するため、要素報酬の格差は、生産性上昇産業から生産性一定産業への資本、労働の移転をもたらすことになるのである。
 さらに、一般に製造業の生産性は高く、サービス業の生産性は低いが、製造業の国内生産シェアは恒常的に低下し続け、サービス業のそれは上昇を続けている。このような現象は、日本経済の産業構造調整の不良に関係するものとはいえず、先進諸国では普遍的にみられる現象(ペティ=クラークの法則とよばれる)なのである。
 野口氏は、長期不況期にみられたのは、「総需要不足の結果としての擬似的構造問題」であるとみている。ことの原因が総需要の不足にあるとすれば、それがボトル・ネックとなって投資や労働供給が抑えられる。つまり、生産関数アプローチの右辺→左辺の因果関係が「逆向き」となるのである。実際、その間、完全失業率は大きく上昇しているが、下のエントリーにあるようにフィリップス・カーブの形状は非常に安定している。自然失業率の変動が小さかったとすれば、完全失業率の上昇は、総需要の不足によって引き起こされたと解釈することができるのである。

 労働生産性の増減率が近年鈍化する傾向がみられる理由としては、投資の抑制やTFPの寄与の低下が指摘されるが、その理由を生産関数アプローチの(「古典派」的な)前提に頼って解釈することが妥当かどうかは、現時点では結論づけることができない。
 次回は、生活水準の向上に関係するもう一つの指標─労働分配率─について何か書くことにする(内容未定)。

*1:ケインズ「一般理論」で論じられている意味において。

*2:稼働率指数が1978年までしか遡れないため、それ以前は稼働率調整を行っていない。

*3:例えば、林文夫編「経済停滞の原因と制度」など。

*4:浜田宏一、堀内昭義「論争 日本の経済危機」に所収。

*5:大谷聡、白塚重典、中久木雅之「生産要素市場の歪みと国内経済調整」

*6:ほかにも、深尾京司「やさしい経済学−潜在成長力と生産性」は、この方向の研究動向に関するわかりやすい整理となっている。