備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

大森義明「労働経済学」

労働経済学

労働経済学

最新の教科書

 労働経済学に関する最新の教科書であり、以下のような内容について、図を用いた説明でわかりやすく表現されている。学部向け教科書のため、日本語の表現はくどいほど丁寧。また、巻末には多数の論文がリスト化されており、各章において関係する論文を紹介している。よって、労働経済学に関する文献案内としても活用することが可能。

  • 労働供給(基礎編、発展編)
  • 実証研究における因果的効果の識別
  • 労働需要(基礎編、発展編)
  • 労働市場の均衡
  • 補償賃金格差
  • 人的資本投資
  • 労働移動
  • 賃金プロファイル

 最初に日本の労働市場に関する指標を概観し、理論編に移る。理論編では、適宜、指標の内容を振り返っているが、これらの間のつながりが十分に見出しにくいのも事実。主として図による説明であり、モデル(数式)の標記は最小限に止まる。このため、理論と実証との関係付けが十分になされておらず、この点が本書の弱点といえる。また、労働需要と労働供給の章の間にある因果的効果の識別に関する章は、その意図がみえにくい。
 例えば、一般的職業訓練モデルは、賃金が経験年数とともに上がることを示すのに対し、企業特殊訓練モデルは、賃金が勤続年数とともに上がることを示す、といった話*1は興味を引くが、これに、職種別データをもとに、どのような職業が一般的職業訓練モデル(あるいは、企業特殊訓練モデル)に適合するのか、といった実証が伴っていると、さらに読者層を広げることになるように思う。
 また、その意味で、実証により傾斜した書籍としては、やや古いが下がある。

雇用と失業の経済学

雇用と失業の経済学

 余談であるが、労働経済学の限界は、「働く喜び」や教育に付随する効用の様なものが、現実に確からしい形でモデル化できていないところにあるように思われる。本書は、あくまでオーソドックスな労働経済学の枠内で、現実がどれだけ説明できるかを語るものであるが、その流れを追うごとに、その枠組みそのものの限界についても意識するようになるだろう。

(9章まで読了)

*1:本書のpp.175-179を参照。