1.今回の分析では、1人あたり雇用者報酬と有効求人倍率を、それぞれ所得、雇用に関する指標として別々にあつかった。一方、既存研究では、完全失業率など雇用に関する変数に一元化して回帰するケースが多い。この点については、つぎのような二つの事例から、その意味を考えることができる。
- 需要が収縮すると、企業には、休業によって生産量を削減する一方、雇用者には休業手当を支払って雇用を維持する傾向がみられる。この場合、雇用は悪化しないが、労働の限界生産性は低下するため、賃金は低くなる。
- 雇用情勢が悪化すると、ハローワークが中心となって求人の確保に努める。この場合、生産の拡張や欠員にともなう求人の場合よりも、提示される賃金は低くなる。
これらの場合、所得と雇用にはトレード・オフの関係が生じる。また、こうして確保された雇用は、需要の増加で生まれる雇用とは性格の異なるものであるといえ、行政のパフォーマンスという面から評価することはできても、自殺率の低さに代表されるような厚生指標を高める観点から評価できるものではない可能性がある。地域によっては、これらは無視することのできない要素であり、よって、説明変数を二つに分けることには重要な意味があるといえる。*1
2.上述の問題は、いいかえれば、マクロの所得が所与とされるとき、雇用者が10人の場合と20人の場合では、雇用の評価上は2倍の違いが生じるが、自殺率のような厚生指標にはさしたる違いはないのではないか、ということである。*2ただし、この場合の所得はあくまで「名目」──すなわち、価格で評価される数値──である。もし「実質」──すなわち、商品等の数量で評価される数値──を重視するのであれば、1人あたり雇用者報酬を消費者物価指数の地域格差でデフレートした値を説明変数にすることになる。結果は、名目でみた場合とさしたる違いはみられない。
なお、消費者物価指数の地域格差を単独で説明変数とすると、係数はマイナス(物価が高い都道府県ほど自殺率は低い、有意水準1%)であり、ミクロ経済学的な想定とは反対の結果となる。
3.同一の所得であっても、投下する労働の量(すなわち、労働時間)が異なれば、厚生指標にあたえる影響は違ったものになる。また、労働の性格の違いも厚生指標に影響をあたえ得る。こうした観点から、労働時間やホワイトカラー比率を説明変数に加えることなどにも意味があるのかもしれない。
しかし、労働時間、ホワイトカラー比率は、それぞれ単独で説明変数とすれば自殺率との相関性をもつ(有意水準は、それぞれ5%、1%)ものの、これらを説明変数として加えることは、モデル全体としてはあまり意味がなかった。