ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

真の失業率──2018年12月までのデータによる更新

完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

12月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.4%と前月から0.1ポイント低下、真の失業率は0.8%と前月から0.2ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる*2

所定内給与と消費者物価の相関に関する11月までの結果は以下のようになる。物価および賃金はともに上昇基調である。

なお、2018年11月分結果確報より、毎月勤労統計の所定内給与は、東京都の500人以上規模の事業所分を復元して再集計した値(再集計値)に変更された。当ブログでもこれを取り込み、数値が存在しない2011年以前の指数については、従前の集計値に2012年のリンク比(再集計値/旧集計値)を乗じた値とし、季節調整値を算出した。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

*2:本推計上、前月11月の真の失業率(移動平均を行う前の月次の数値)は、各月の均衡労働力率が前年年間推計値の延長としており足許の労働力率の上昇に追い付いていないため、マイナスとなる。

「再分配」の逆噴射により、家計の可処分所得は抑制

前回のエントリー*1では、一国全体の可処分所得の前年比について、所得支出勘定の項目別に寄与度を確認した。今回は、家計*2について、同様の分析を行う*3
ここで使用する所得支出勘定とは、推計期間内の生産過程で付け加えられた付加価値の分配を記録するもので、一国全体でみた場合は、①営業余剰・混合所得、②雇用者報酬、③生産・輸入品に課される税(除補助金)、④財産所得(純)、⑤その他の経常移転(純)の合計から可処分所得が推計される。ただし、家計などの制度部門別にみる場合は、これに制度部門間の移転項目が加わることになり、家計の場合は、⑥所得・富等に課される経常税、⑦社会負担(純)、⑧社会給付(除現物社会負担)の3項目が加わる。これら3項目は、一般政府など他の制度部門との間で相殺され、一国全体の可処分所得には影響しない、いわゆる「再分配」に当たるものである。

雇用者報酬は増加寄与となる一方、「再分配」項目は減少寄与が継続

実際の分析結果はつぎのようになる。

家計の可処分所得への寄与度をみると、概ね2年前の分析と同様の結果となる。②雇用者報酬が高いプラス寄与となる一方、⑥所得・富等に課される経常税や、⑦社会負担(純)がマイナス寄与となる*4。このように、②雇用者報酬は高い伸びを示しているものの、⑥、⑦などの「再分配」に係る項目が、近年、一般政府への移転傾向を高めたことにより、家計の可処分所得は抑制されていることがわかる。総務省『家計調査』によれば、この間、世帯の実収入は増える一方、実質消費支出は減少しており*5、この背景には、「再分配」の逆噴射による家計から一般政府への収奪的状況があったことがみてとれる。
なお、2年前のエントリーでも触れているが、過去の動きをみると、「再分配」に係る項目は、景気後退期にはむしろプラス寄与となることから、景気変動を自動的に安定化させる仕組み(ビルトインスタビライザー)という一面も持っている。

消費増税を契機に、一般政府の「取り分」は増加

さらに付加価値の直接的な構成項目である③生産・輸入品に課される税(除補助金)についても、これが増えれば、市場の価格調整メカニズムを通じ、①営業余剰・混合所得や②雇用者報酬など、民間部門の付加価値からの「取り分」は減ることになる。実際に③生産・輸入品に課される税(除補助金)の総額の動きをみるとつぎのようになる。

足許の税の増加は、その内訳をみると「付加価値型税」の増加によるものであり、2014年の消費税率の引き上げが影響を与えていることは明らかである。上述した「再分配」の逆噴射に加え、消費増税を契機とした③生産・輸入品に課される税(除補助金)の増加により、対名目GDP比でみた一般政府の投資超過幅も縮小しているものと考えられる。
現在は雇用者報酬が堅調に推移しているものの、「再分配」の逆噴射が続く中、今後、生産が減少し雇用者報酬も減少に転じることとなれば、家計の景況感は一挙に悪化、実質消費のさらなる抑制にもつながるだろう。生産をめぐる昨今の情勢は、雲行きの怪しいものとなっている。重ねて繰り返すが、今後の消費税率の引上げスケジュールについては、再考する必要がある。

*1:貯蓄投資バランスは、再び貯蓄過剰の方向へ - ラスカルの備忘録

*2:個人企業を含む。以下同様。

*3:可処分所得は、「現物社会移転」の純受取分を含まない通常ベースの「可処分所得」とする。

*4:⑦については、公的年金制度に係る負担の増加によるものと想定される。

*5:http://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/index.html

貯蓄投資バランスは、再び貯蓄過剰の方向へ

国民経済計算(SNA)の資本勘定から推計した貯蓄投資バランス*1の2011年基準改定後の動向については、2年前に分析を行った*2。本稿では、その後の動きをフォローアップすることとしたい。

資本勘定とは、一国経済(および制度部門別)の貯蓄と投資のフローを実物面からみたもの*3で、貯蓄投資バランスは、一国経済(および制度部門別)の資金余剰(不足)の実態を示す。2年前の分析で明らかとなった主たる事実は、

  • 近年の制度部門別貯蓄投資バランスにおいて特徴的なのは一般政府であり、貯蓄に対する投資超過幅は縮小傾向。
  • 貯蓄の前年差を制度部門別寄与度でみても、近年、一般政府の増加寄与は大きい。この間、一般政府の最終消費は増加しているが、これを上回って可処分所得が増加。

ということであり、2014年の消費税率の引上げを契機として、一般政府の貯蓄投資バランス(プライマリー・バランス)は顕著に改善していることを示していた。その後2年間のデータを追加し、改めて上記の事実を確認することとしたい。

一般政府の貯蓄投資バランスは、引き続き改善傾向

まず、一国全体での貯蓄と投資の推移を名目GDPに対する比率で確認する。



貯蓄投資バランスは2001年から2007年にかけしだいに拡大、その後2010年をピークに縮小する過程にあったものの、2015年に貯蓄が大きく増加したことで再び拡大した。貯蓄は2017年にも再び拡大し、その間、投資が概ね横ばいであることから、引き続き、貯蓄投資バランスは拡大傾向であることがわかる。

つぎに貯蓄投資バランスの推移を制度部門別に確認すると、長期的には家計部門の貯蓄超過幅がしだいに縮小する一方で、企業部門(非金融法人企業)が投資超過から貯蓄超過に転換、その後の貯蓄超過幅も拡大する傾向がみられた。しかし近年は、その傾向が逆転している。ただし足許2017年の家計貯蓄率は減少した。
また近年特徴的な動きを示している一般政府は、引き続き貯蓄投資バランスのマイナス幅を縮小させており、プライマリー・バランスが顕著に改善する傾向が続いている。この事実は、名目GDP成長率が名目公債利子率を上回るという意味での「ドーマー条件」を満たすことの重要性には変わりはないものの、現時点での財政をみる限りにおいて、その危機を過度に指摘する必要性がないことを示すものとなっている。

一般政府の貯蓄は、消費税率引上げを契機に増加

資本勘定の借方に計上される「貯蓄」は、同じくSNAの所得支出勘定では、可処分所得から最終消費支出を差し引いたバランス項目として推計される(一国全体および制度部門別)。また所得支出勘定では、資本勘定の貸方に控除項目として計上される「固定資本減耗」と合算したグロスベースの貯蓄も計上される。

この所得支出勘定から、まずは可処分所得の前年比についての項目別の寄与度を一国全体で確認する。



2年前の分析で明らかにした通り、消費税による一般政府の可処分所得の増加分を含む「生産・輸入品に課される税」は、2014年に大幅に増加、2015年も同様の傾向を示し、その後安定している。「雇用者報酬」も、ここ数年の雇用情勢の改善傾向から安定した増加寄与を示している*4。これらは、一般政府および家計の貯蓄投資バランス改善の主たる要因となっているとみられる。一方で「営業余剰・混合所得」や「財産所得」(純受取)の変動は大きく、2016年はこれらの要因で可処分所得の増加率は大きく低下した。

つぎに、グロスベースの貯蓄の増減に対する寄与度を制度部門別に確認する。



一般政府の貯蓄の増減率は、2011年から一貫してプラス、2016年はマイナスとなったものの、足許の2017年は再び大幅なプラスとなった。さらにこれを消費・所得別の寄与度でみると、一般政府の消費は貯蓄に対しマイナス寄与であるが、これを大幅に上回って可処分所得はプラス寄与となり、一般政府の貯蓄形成につながっている。

すなわち全体を総じてみれば、2014年の消費税率の引上げを契機として一般政府の可処分所得は増加し、これによって一般政府の貯蓄投資バランス(プライマリー・バランス)も大きく改善したことになる。今後の消費税率の引上げスケジュールについては、こうした現状の財政のステイタスや、昨今の景気の先行き不安定感を鑑みても、再考の必要があるといえるだろう。

*1:実際の勘定(統計表)では「純貸出(+)/純借入(-)」として貸方に計上

*2:http://traindusoir.hatenablog.jp/entry/20170412/1492000796

*3:金融面からみたものは金融勘定。

*4:1997年の消費税率引上げでは、1998年以降も「生産・輸入品に課される税」が前年比でプラスとなったが、「雇用者報酬」はマイナスとなった。2014年の消費税率引上げも「雇用者報酬」の抑制には一定の寄与があったとみられるが、マイナスには至らなかった点で前回とは異なるものとなっている。

真の失業率──2018年11月までのデータによる更新

完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

11月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.5%と前月から0.1ポイント上昇したが、真の失業率は1.0%と前月から0.2ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。また本推計上、前月11月の真の失業率(移動平均を行う前の月次の数値)はマイナスとなる*2

所定内給与と消費者物価の相関に関する10月までの結果は以下のようになる。物価および賃金はともに上昇基調である。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

*2:各月の均衡労働力率が、前年年間推計値の延長としており、足許の労働力率の上昇に追い付いていないため。

真の失業率──2018年10月までのデータによる更新

完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

10月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.4%と前月から0.1ポイント上昇したが、真の失業率は1.2%と前月から0.2ポイント低下した。引き続き、真の失業率は減少基調である。現推計時点において、真の失業率は基準年*1である1992年より改善していることとなる。また本推計上、真の失業率(移動平均を行う前の月次の数値)はマイナスとなる*2

所定内給与と消費者物価の相関に関する9月までの結果は以下のようになる。物価および賃金はともに上昇基調である。

https://www.dropbox.com/s/fixt1abitfo58ee/nbu_ts.csv?dl=0

*1:本推計において完全雇用が達成しているとみなす年。

*2:各月の均衡労働力率が、前年年間推計値の延長としており、足許の労働力率の上昇に追い付いていないため。

小島寛之『宇沢弘文の数学』

宇沢弘文の数学

宇沢弘文の数学

2014年に亡くなった日本の大経済学者、宇沢弘文に対するオマージュ的書籍。「二部門経済モデル」など、宇沢の新古典派経済学者としての主要業績についても触れられているが、主として、「社会的共通資本」をめぐる思想的な側面が中心に語られ、特に、著者自身との出会いと経緯については、多くが語られている。本書の全体において「先生」という敬称が用いられ、著者がいかに宇沢に対し思いを抱いていたかが偲ばれる。後半を中心に、宇沢理論を継承する新たな潮流として、小野善康のマクロ経済モデル、松井彰彦の帰納ゲーム理論、ボウルズの選好の内生化に関する理論が取り上げられている。

新古典派から社会的共通資本へ

第2章「宇沢弘文は何を主張したのか」では、宇沢が新古典派経済学から社会的共通資本を中心とする宇沢理論へと舵を切った理由として、「新古典派の数学的な枠組み自体が、演繹できる帰結を限定的にしてしまい、それが現実の経済現象と相容れないこと」、「新古典派の枠組みの持つそのような限定的性質を極端な形で乱用」する傾向が新古典派経済学の中にみられ、反社会的(と宇沢自身が考える)帰結を量産していることを上げている(p.40)。前者に関して具体的にみると、「時間」をめぐる次元の問題と、「実数論」の基数的性質の問題が重視されている。

新古典派の理論は「可塑性」の概念を持ち、資本は時間をかけずにどんな財にでも変化できる。これは見方によれば、資本の量をその変化率、すなわちその時間微分という異なる次元に属するものと同一視している、ということである。また、アローとドブリューが完成させた一般均衡理論は、数学における不動点定理と「同値」であり、そのことを宇沢自身が証明している。この場合、「実閉体(実数の世界と思えばいい)のモデルでは、どんな問題も「決定論的」である」という実数論としての帰結の限定性に、一般均衡理論が縛られていることになる。

これらの指摘は、賛否はどうあれ、大いに興味を引くものではないかと思う。

社会的共通資本と数学

一方で、第3章「社会的共通資本としての数学」では、そこから更に踏み込んで、数学が持つ社会的共通資本としての性質と、数学を忌み嫌うがゆえに低い階層の属性を受け入れてしまう一群の人々がいることについて、ボウルズとギンダスの理論をもとに論じられる。

社会的共通資本について、著者は「自然環境や公共インフラ、医療制度や教育制度のように、人間の生活に欠かすことのできない基礎的装置であり、また、基本的人権に関与することから、市場取引に委ねることが許されない資本の総称」(p.45)と整理している。著者は、数学の社会的機能を本来性、言語性、歴史的伝承性、地域文化性、技術性という5つの言葉で整理し、それが社会的共通資本の持つ性質と共通している点から、数学は社会的共通資本であると位置付ける。

ところが現実には、数学は「選抜」の目的で受験競争に用いられるなど、人間が(日常言語と同様)先天的に備え持つという本来性に依拠するものとは異なる使われ方をしている、と著者は指摘する。特に、数学オリンピックについては、「「選民」的な発想を持つ」との厳しい言葉を投げかけ、財団の姿勢にも批判的である。このような著者の数学に対する視座は、本稿の筆者にとっては極めて強く違和感を持つところであるが、このことについて論じるのは内容紹介という本稿の趣旨を超えるため、稿を改めて触れることとしたい。

宇沢理論を継承する新たな潮流

宇沢理論を継承する新たな潮流として、小野善康のマクロ経済モデル、松井彰彦の帰納ゲーム理論、ボウルズの選好の内生化に関する理論が取り上げられていることは既に述べた。このうち、いわゆる「小野理論」については、本ブログの中でも過去に何度か取り上げた*1。ここでは、帰納ゲーム理論と選好の内生化について触れ、宇沢と著者が共有する思想の核心が何処にあるかについて、思うところを述べておく。

通常の非協力ゲームでは、確定したゲームの構造から演繹的に戦略が作られるが、帰納ゲーム理論では、プレイヤーが「空想上のゲーム」をプレイしながら行動し、知識を構築する。そうした過程から、差別や偏見が生まれることが、具体例をもとに論じられている。選好の内生化に関しては、インセンティブを付与することが新古典派経済学における帰結とは異なる帰結をもたらすことがある、というボウルズの議論が取り上げられている。

こうした議論をもとに推論を進めると、人間が持つ本来性とは関係なく、社会におけるゲームの仕方が差別や偏見を生み出し、あるいは帰納的に構築されたゲームのルールによって「選抜」的な状況が生じ、社会の中に「格差」が生じるという一種の社会観が生まれる。実際、帰納ゲーム理論を研究する松井彰彦による「障害」についてのつぎのような見方が紹介されている。

すなわち、「障害」というのは、絶対的に固有に存在している身体状態というのではなく、社会通念によってフィードバックされる「関係性の問題」である、ということだ。(p.88)

この議論をさらに敷衍すれば、能力、数学の出来・不出来といったものも、人間の本来性とは関係がない、社会が作り出したある種の見方に過ぎない、ということになるのかも知れない。数学的能力は、人間に「プレ・インストール」された能力であり、人間にとって本来的なものであるが、そこから「格差」を生み出しているのは、社会における関係性だ、ということなのだろう。こうしたところに、宇沢と著者が共通して持つ社会思想的側面があるように思われる。

しかし、こうした考え方において、例えば特殊な数学的才能者などの“the gifted and talented”は、どのように位置付けられてしまうのか、悪平等的に標準化された公共教育の中で、彼らは、むしろ差別される側になってしまうのではないか、さらには、彼らを理解でき、それを評価できる人間も、一定程度資質を持つ者に限られるのではないか、こうした人々こそが、国家または社会にとって、成長の機関的役割を果たすのではないか、といったような疑問が生じることは避けられない。これらの疑問は、正に、前節に述べた「違和感」と関係するものである。