備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

関口正司『J・S・ミル 自由を探求した思想家』

 2023年6月刊。J・S・ミルといえば、父ジェームズやジェレミーベンサムの薫陶を受けた早熟の天才との印象を持つ。本書では、評伝という形式で、ミルの思想の全体像をみる。
 マンデヴィル『蜂の寓話』により、人々の欲求が勤労と消費需要を促し文明社会が進展すると主張されたのは17世紀半ば。本書においてミルが大きな影響を受けたとされるベンサム『立法論』は、その数十年後に出版されている。功利主義、自己利益優先の普遍的原理は、先天的で固定的なものとされる道徳や立法観に対置された「最大幸福原理」と結びつく。ミルは、ベンサムに強い影響を受けつつも、その自己利益優先の原則と、公共の利益のために活動しているとの自分自身に対する確信との関係は、後の「精神の危機」へとつながることになる。

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今年の10冊

 恒例のエントリーです。本稿では今年出版された書籍ではなく、前年の同エントリー以降に読んだ書籍の中から10冊を取り上げます。以下、順不同で。

オリヴィエ・ブランシャール(田代毅訳)『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』

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 r-g<0が中長期的に継続する可能性が本書の肝。そのため、これまでのマクロ経済学の「定型的事実」に対する異論が並べられる。使用される知識は、ローマー『上級マクロ経済学』であれば第2章までのラムゼイモデルと世代重複モデル。

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橘木俊詔、森剛志『新・日本のお金持ち研究』

 2009年10月刊。2005年に出版された『日本のお金持ち研究』の続編で、内容は異なる。本稿の著者は、前著『日本のお金持ち研究』を未読であるが、関係箇所は概ね引用されており、また著者の一人による短い紹介文で、その大まかな内容は知ることができる。

 これらの基となる研究では、「お金持ち」と言われる人はどのような人なのか、どのような経緯で「お金持ち」になれたのかなどを明らかにするため、国税庁『全国高額納税者名簿』(2001年度版)の住所・氏名を利用したアンケート調査を行っている。しかしこの名簿は2005年度版を最後に作成されなくなり、以後、同様の研究を実施することは困難となっている。その意味では、出版から十数年を経ているものの、本書と前著の内容は未だ希少性を保ち続けている。
 著者らは、高額納税者名簿が作成されなくなったことに対し、富裕層の研究ができなくなったという理由から批判的で、秘密保持や犯罪防止の方策は他ににいくらでもあるはずだという。しかし現在の視点からみると、妬み・嫉みに溢れたネット上の発言や、日本社会の同調圧力などの観点で、むしろ当時の判断は正しかったと考えられる。

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玄田有史、連合総研編『セーフティネットと集団 新たなつながりを求めて』

 2023年5月刊。日本のセーフティネットは、2008年の世界金融危機、また同年末の「年越し派遣村」を契機に非正規雇用者の労働条件が社会問題化したこと等を受け、無料の職業訓練と給付金からなる求職者支援制度等のいわゆる「第二のセーフティネット」が創設されたことで、雇用保険制度(雇用調整助成金や失業等給付)と生活保護制度という二つのセーフティネットの間を求職者支援制度等の「第二のセーフティネット」が補完する三層構造の仕組みとなった。非正規雇用者は、雇用保険への加入資格があっても受給の要件を満たさないことが多く、失業者のうち失業給付を受給している者の割合は3割にも満たないとされている(長期的にも低下傾向)。一方、生活保護は税財源により給付が行われるが、資力を持たない生活困窮者に限られ、スティグマ効果を持つ他、(本書の74頁の図表2-2を見てもわかる通り)一度制度の対象になると、そこから抜け出すことは難しいことが推察される。

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コルナイ・ヤーノシュ(溝端佐登史、堀林巧、林裕明、里上三保子訳)『資本主義の本質について イノベーションと余剰経済』

 訳書の初出は2016年で、原著は2014年刊。原題は”Dynamism Rivalry, and Surplus Economy: Two Essays on the Nature of Capitalism”。社会主義システムの下での経済は、商品と労働力が必要を満たない「不足経済」であると著者は名付けたが、本書では、一方の資本主義経済の特性を「余剰経済」と名付け、両経済の特性の違いに着目した上で、資本主義の評価を行い、計測上の問題等を検討する。特にイノベーションを促進する効果について、資本主義の最大の長所としている。

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新しいステージに突入した日本の少子化

 本年6月に公表された厚生労働省『人口動態調査(概数)』によれば、2022年の出生数は約77万人(前年約81万人)、合計特殊出生率は1.26(同1.30)となり、少子化が加速している。このうち出生数は、母数となる女性人口が減少しており、それに伴う減少要因と、出生率低下による減少要因を分けることができる。なお、女性人口の減少は今後も避けられず、少子化対策はあくまで出生率の向上を目指すものとなるため、それぞれの規模感を把握しておくことには意味がある。
 さらに日本では非嫡出子が非常に少ないため、出生率は、女性の有配偶率によって大きな影響を受ける。当ブログで以前行った分析では、1995〜2000年、2000〜2005年のそれぞれの間、女性の有配偶率低下は合計特殊出生率に大きなマイナス効果を持ち、当該効果を除いた場合、合計特殊出生率はプラスであったことがわかった。

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もし、この傾向が現在も継続しているとすれば、児童手当や保育施設の充実といった、子育て世代をターゲットとするいわゆる「子ども・子育て支援制度」は、無論、その目的に資するものだとしても、少子化対策としては不十分である。その場合、非正規雇用者など低所得若年層の所得を高めるなど、子育て世代よりも下の世代のインセンティブに働きかけることが、少子化対策としては重要である。

 以下では、2021までの『人口動態調査(確定数)』を用いた足許の分析と、加えて、総務省国勢調査』が利用可能な5年ごとの分析を2005〜2020年の間で行い、出生数の減少要因を探る。

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