ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

「これからの雇用戦略−誰もが輝き意欲を持って築く豊かで活力ある社会−」(労働政策研究・研修機構労働政策研究報告書 No.63)

報告書の内容 hamachan先生のお薦め。総論にあたる第2部第2章まで読了。ここまでの内容を自分なりに要約してみようと思うが、まず、雇用戦略を策定するにあたって、経済・社会環境の変化や我が国及び諸外国の雇用政策・雇用戦略について、以下のように整理される。

  • 今後の我が国の社会経済・雇用を取り巻く環境は、経済のグローバル化と情報通信技術の世界的拡大等を背景に、従来の規格大量生産大量消費型の近代工業社会から、付加価値を生み出す源泉として知識・技術・技能の占める比率が大きくなる「多様な知恵の時代」進むことにより、大きく変化することが予想される。このような中で、経済活力・付加価値を生み出す最も重要な要素は「人」であり、雇用政策のみならず我が国全体の政策を「人」を中心においたものとすべきである。
  • OECDでは、石油危機後の低調な経済状況の下で失業者が増加したことから、「賃金と労働コストの弾力化」や「雇用保障規定の改正」など、労働市場においても市場原理が働くようにするという色彩の強い10本の政策目標の柱からなる雇用戦略を提示。ただし、97年頃からは、福祉国家的な発想も盛り込まれるようになり、「効率」一辺倒から、「効率」と「公平」が併存する方向へと緩和されていった。
  • これに対し、EUでは、「仕事を通じて万人を社会に統合する」という理念に基づき「フル就業」という大目標が制定され、それを実現するための①エンプロイアビリティ、②起業家精神、③アダプタビリティ(適応能力)、④機会均等の4つの柱からなる雇用戦略を提示。その基礎に置かれた視点である「仕事というものは所得を提供するだけでなく、個人の繋がりであり、認知であり、生活を組織する基礎である」との視点は、我が国における雇用戦略を検討する際にも大いに参考になる。
  • バブル崩壊以降、成長経済を前提とすることが不可能となり、人口・財政など資源制約を前提とし、より自己責任を求める政策運営が行われる傾向が強まる。雇用政策も、従来の「雇用の安定」「失業なき労働異動」「企業を通じた支援」を軸としたものから、「雇用の創出」「円滑な労働異動」「労働者個人への直接支援」を軸としたものへと変化した。また、21世紀に入り、高度成長期以来の長期雇用・内部労働市場に依拠した枠組みから、外部労働市場の強化と内部・外部労働市場の接合による職業の安定の方向へと転換。

 続いて、雇用戦略の策定にあたっての問題意識、基本的理念と戦略目標が整理される。最初に、不安を解消し経済社会を活力あるものにしていくためには、将来の予測可能性を確保し不確実性を低減させること、つまり経済の安定性の確保が基本目標におかれるべきであり、雇用戦略の前提条件であるとしている。また、技術革新と新たな需要の発生が連続的に生じるような好循環を築き、生産性の向上を図ることができれば、労働力供給制約は全く問題にならないとする。その上で、以下の「三題話」が整理される。

  • 労働供給面からは、質的な面とともに、できるだけ多くの人が働くことを通じて社会参加することができ、社会を支える側になることが重要。企業の平均的な存続期間の短期化も想定されることから、新たな就業の場を創出していくことも求められる。労働市場構造の面からは、諸国との競争が激化してくることが予想される中で、労働に求められる知識等のレベルも高度化する。このため、良質な労働力供給を増加させ、また、その有効活用が図れるよう、労働市場の機能の一層の強化が重要。(就業促進を基盤とした全員参加型社会の構築)
  • 多様な働き方の選択肢が確保されるとともに、長期雇用慣行のメリットも生かしながら、その枠に納まりきらない非正規雇用者等が正規雇用との移動可能性を持てるような新たな包括的雇用システムの構築が重要な課題。また、過度な所得格差の拡大により勤労意欲を失う者が発生し、階層が固定化することのないよう、多様な働き方の進展に対応した処遇等の均衡が求められる。(就業の質の確保と就業インセンティブの向上)
  • 個人単位の想像力を重視する分野が拡大する中で、個人の能力が発揮されるようにする職業能力開発の重要性も高まる。これを、公助、共助、自助の分業と協業のバランスがとれたものとしていく必要があり、キャリアの断絶というリスクが避けられない中、個人が主導して自らのキャリア展開を十全に図っていくことが重要。(キャリア権を基軸としたキャリア形成支援)

コメント 個別の論点に入る前段階として、あるべき将来ビジョンである、資源制約下での経済成長の確保、それを支えるための労働生産性の向上、という姿に向けての戦略として、説得力ある整理の仕方がなされている点は評価できる。特に、「経済の安定性の確保」を「前提条件」とする点は重要である。将来に向けて均衡的な失業水準を確保するための財政・金融政策の適切な運営が経済を安定化し、不確実性を低減させることで、より「質の高い」雇用機会が生み出される。OECDの雇用戦略でも第1に「適切なマクロ経済政策の『策定』」を挙げている。
 気になるのは、国民経済としての雇用戦略でありながら、製造業についての「語り口」となっている所が散見されることと、それとも関連するが、資源制約下での経済成長・労働生産性向上というビジョンの実現可能性についてである。この点については、経済の発展段階説的な議論とも関わる。
 例えば「諸国との競争の激化」とは、主として製造業に係る話である。市場競争の激化が製造業の労働生産性を高めることになれば、マクロの就業者ベースでは、むしろ生産性が向上しない産業(例えばサービス業)の就業者比率を高め、国民経済全体としての生産性は低下する。
 本報告書にも指摘されているように、高度成長期においては、「低生産性分野から生産性の高い新規成長分野への産業構造転換」が円滑に進んだ。この時期は、マクロの就業者ベースでは、農林水産業の構成比が低下し、製造業がその構成比を高めた時代である。つまり、製造業では、農林水産業からのシフトによる過剰な労働力供給があり、労働市場が緩和的であったことから、限界生産力以下の賃金水準で労働力の調達が可能であった。その結果生じた超過利潤は、設備投資等生産能力の拡大に当てられ、製造業の国民経済に対するウェイトが高まることにより、国民経済全体としての生産性向上にも寄与することができたと解釈することができる(ルイスの二部門モデル)。ところが、国内需要が飽和し市場競争が激化する現在、上記のような成長モデルは成立せず、生産性の低いサービス業の構成が高まる。このような国民経済の段階的な進展は、ペティ・クラークの法則として、一般的に知られている。*1
 人口減少は、国民経済の生産性が低下し経済のパイが縮小する状況の中では、必ずしも労働供給制約的な状況を生み出さず、失業を増加させる可能性もある。もしかすると、議論の仕方としては、「諸国との競争の激化や労働供給制約の中で、労働生産性の向上が重要」なのではなく、「経済の安定性を確保」するためには、財政・金融政策の適切な運営とともに、サービス産業を含めた国民経済全体としての生産性向上を通じて経済のパイを拡大し、失業を低下させていくことが重要、という筋道が正しいのかも知れない。
 また、その意味でも、「技術革新と新たな需要の発生が連続的に生じる」需要創出型の経済成長(吉川理論)や新産業を創出し新世代の消費を期待する(田中先生のいわれる「ニュータイプ・ガンダム・小野理論」、或いは労働供給の主体として、だけではなく、需要創出の主体としての「人間改造計画」)といった方向での理論をより進化させていくことが求められるのであろうか...?*2
 最後に、ここまで読んだところ、今後議論を呼びそうな論点、例えば、雇用保護規制、労働時間規制、最低賃金などについて、明確に語られていない点は、物足りなさを感じさせるところ。

*1:時に、産業政策によって高成長分野の構成比を高めよ、との議論を散見することもあるが、こうした議論にはとてつもなく懐疑的である。

*2:斯く言う自分もあるレポートを書く際に同じ問題にあたり、「労働供給制約の中では、サービス産業を含めた国民経済全体としての生産性向上が重要」とかいったロジックで茶を濁してしまったことがあり、その点は大いに反省すべきである。反省すべきではあるが、知恵がなかったんだから仕方がないのである。