ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

濱口桂一郎「「現代日本の社会システム」講義 労働編」

第1回 学校から仕事へ:労働市場から見た現代日本

  • 日本の工業化が軌道に乗りだした20世紀当初、日本の労働市場の特徴は高い異動率(1年間の平均移動率100%)。腕の良い職人程工場から工場へと移り(渡り職人)、親方職工による間接的な雇用管理。
  • 日露戦争後の重工業化により、大工場は熟練職人の養成に取り組む。自らの養成施設で、企業に忠実な労働者を養成。異動率は60〜70%程度に低下し、いわゆる「経営家族主義」が成立。雇用管理は、親方職工による間接雇用から、工場の監督者による直接管理へ。
  • 第一次大戦後、企業側は不況に伴う労働争議を主導した渡り職人を切り捨て、子飼い職工を中心とした雇用システムを確立。この時期、「定期採用制」が確立。異動が困難になる中で企業への忠誠心を確保するため、定期昇給制が導入される。また、外部の労働組合の影響から労働者を遮断するため、工場委員会が大企業に設置され、企業別組合の原点となる。不況期の労働力削減の必要性と長期雇用慣行を両立させるため、①希望退職制、②臨時工制度、が活用される。
  • 戦後のホワイトカラーとブルーカラー双方を組織する企業別組合は戦闘的で、総司令部のデフレ政策の下で大規模な労働争議を起こす。これに対し、経営側は(日経連指導の下)妥協を許さず、労働運動の主導権は穏健派に移行。これ以後の労使の行動様式から、解雇権乱用法理が成立し、法的にも長期雇用システムが確立。
  • 戦後、人材養成について、原則として公的な職業教育を重視しつつも、例外的に企業内訓練を認める、との方向に政策が転換。しかし、教育界の職業教育への見方は冷ややか。企業はやむを得ず、企業内技術学校での3年程度の学科教育と職場訓練を組み合わせた教育訓練体制を形成し、60年代に高校進学率が急上昇した後は、6カ月程度の養成訓練とOJT、OFFJTを中心とした訓練体制に変化。また、この時期、いわゆる「能力主義管理」が確立し、企業の求める人材の要件はきわめて属人的なものとなる。
  • 他の国では、学校のやるべきことは就職後に役立つ知識を教えることであり、学校卒業後、労働市場の中でもまれながら学校から仕事への移行を果たすのに対し、高度成長期以後の日本では、学校と企業が密接かつ継続的な組織関係を持ち、学校が生徒を企業に紹介し、企業がこれを採用するという仕組みが形成。「能力主義管理」の下では、職業高校や職業訓練校の職業レリバンスは無いに等しいが、現在、これを強調する方向に変わろうとする動きがある(日本版デュアルシステム、従業員自律・企業支援の能力開発等)。

第2回 会社の中の生活:労働条件から見た現代日本

  • 20世紀当初の日本の賃金制度は技能評価に基づく職種別賃金。日本ではギルド的な伝統が無く、工場から工場へと異動する中で見よう見まねで高度な技能を身につけ、やがて親方職工になるというのがこの時期のキャリア形成。いわば、一企業への勤続を前提としない職種レベルの年功制。
  • 第一次大戦後の年功賃金制は、労働者の生活保障の観点よりも、長期勤続奨励の観点が強い。勤続年数に応じた退職金を支払うことが一般化し、それと伴に、定年制も普及。ただし、新たな制度は工場の基幹工を対象とし、臨時工等は対象とされない。
  • 戦時期になると、雇用制度、賃金制度について、事細かく法令で規定。自由な労働移動が禁止され、解雇は制限され、終身雇用が強制される。未経験者の初任給は、最低額と最高額が公定され、3カ月間はその範囲の賃金を支払うことが義務づけられる。雇用主は、賃金を引き上げる目的で現在の基本給を引き上げることはできないこととされ、内規に基づく昇給のみが認められる等々。戦時中の年功賃金制は、「皇国の産業戦士」の生活を保障するという思想に基づいたもの。
  • 詳細な生計費調査に基づき、年齢と扶養家族数に応じた生活保障給を定め、これに能力給・勤続給を加味する電算型賃金体系は、戦後賃金体系の原形となる。これに対し、50〜60年代は、使用者側と政府側が同一労働同一賃金原則に基づく職務給を唱道したが、69年の日経連「能力主義管理−その理論と実践」で明確に宣言されるように、職務給から人に着目する職能給へ移行。これ以後、賃金制度の問題は労使間の議論にならず、70年代からの男女平等という問題意識においても、女性も男性同様に年功賃金制・職能資格制に基づく昇進昇格を可能にすることを意味した。
  • 成果主義では、「職務遂行能力」に代わり顕在的能力を評価基準とし、短期的な観点から労働者の市場現在価値を重視する「洗い替え」方式になる。しかし、現在までのところ、職務給よりも、職能資格を職務等級に括りなおしただけというのが多い。これを素直に解釈すると、採用からある時点までは職能資格で運用し、年功制で労務コストが高くなる一定年齢以降の労働者は、その都度の成果で評価する仕組み。
  • パートタイマーが労働力のかなりの部分を占めるようになり、改めて、同一労働同一賃金という問題をどう考えるか、との問いかけに答える必要が出てきた。近年、主婦パート以外の非正規労働者の問題が注目され、これが恒常的な就労形態になってきたことから、様々な問題が提起される。全てを現在の正規労働者の水準に合わせることが不可能である以上、正規労働者の水準を大幅に切り下げ、同一労働同一賃金原則に立脚した職務給制度に合わせていくという選択肢を直視することが必要。

第3回 対決から協調へ:労使関係から見た現代日本

  • 1921年以降、工場主側は横断的労働組合との団体交渉を拒否しつつ、労働組合への加入の自由と工場委員会の設立を受け入れる。戦後、ごく少数の経営幹部を除くホワイトカラー職員が労働組合に参加したことから、労働組合が自主的に生産業務を管理する生産管理が可能となり、恒常的な経営参加のメカニズムとして、労働協約による経営委員会を設立。50年代、経営側の反転攻勢に伴うストライキでは、労働側は敗北し、新たな企業別組合が設立される中で、日本生産性本部のイニシアチブによる労使協議制の仕組みが普及。

コメント 「同一労働同一賃金原則に立脚した職務給制度」の直視というのは、重い課題。世間的には、非正規の職業経験を採用評価や職能評価の対象にすること、正規従業員との処遇の均衡を義務とすること等の方向性が、次第に浸透されつつある。その先にみえてくる同一労働同一賃金を基盤とした社会システムというものが、マクロの付加価値生産性や社会の活力といったところにどのような影響を与えるか...かなり悲観的というのが現在の自分のスタンス。まあその内に、「落とし所」は見えてくる。
 というか、こうした話を唱道する人々の念頭には、どのような社会システムが展望されているのかが重要。以前流行した「オランダ・モデル」とか...「人口減少ウェルカム」とか、或いは「定常型社会」とか言っている方にとっは、何も気にならないということか。