ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

大竹文雄「雇用社会における格差問題を考える〜経済格差の実態と課題〜」(日労研セミナー)

 私学会館(アルカディア市ヶ谷)にて。講演の題材の資料は、「日本の不平等」や「論争 格差社会」、SIGHTでの小野善康氏との対談「格差は悪なのか−経済学から検証する」等におけるデータや内容であるが、少し違った角度からの論点もあり、なかなか興味深い内容。ここでは、いくつかの論点について概要報告します。
 まず最初の論点。米国と日本は、80年代以降、ともに格差が拡大する傾向にあるが、前者の方により強くその傾向が現れている。また、両国における格差拡大の内実も異なっており、米国では、①所得上位層の所得がさらに拡大するとともに、②所得上位層や高学歴者の中での所得のばらつきは大きくなった。一方、日本においては、①所得上位層の所得シェアには変化がない一方で、②所得階層の所得シェアが低下している。このような違いは、両国における格差意識の違いにも影響を与えている。
 所得格差拡大の認識は、米国より日本の方が大きい。これは、先程の80年代以降の格差拡大の傾向が米国の方により強く表れていることから考えると理に合わないようにも思われるが、米国の格差拡大は中間階級以下には大きな影響を与えておらず、一方、日本の方は低所得層の所得低下が明示的であることから見れば理解できる。また、米国では、才能や学歴によって所得が決まるべき、と考える者が比較的多いが、日本では少なく、選択や努力によって決まるべき、と考える傾向がより強い。特に、日本では「所得は運や学歴によって決まるべきではないが、現実にはそれで決まっている」と考えている層で格差拡大の意識が大きく、この点は注目すべきである。
 まとめて言えば、米国では所得上位層でのダイナミズムが格差拡大に寄与し、国民意識の面でもそれを許容する傾向が強いのに対し、日本においては、社会の紐帯がより重要性を持ち、それが近年になって崩れる傾向がみられるようになったことが、格差意識の高まりに繋がっている、ということだと思われる。
 次に所得再分配に関する論点。税制改正により、所得の累進税率は弱まり、相続税の税率も低下したが、日本におけるデータでは、前述の通り高所得層の所得シェアは拡大しておらず、加えて、消費行動にも変化がみられない。税制改正は、高所得層の意欲を高め、消費を促すことを意図したと考えられるが、現実にはそのような効果はみられない。低成長・少子化の時代には、格差の世代間移転の可能性が高まり、予想外の運・不運による影響も高まる。今後は、再分配政策の重要性はより一層高まるのではないか、としている。この点については、高所得層の税率を上げると、これらの層のモラルを引き下げたりこれらの層が国外に出てしまうことで、社会全体の生産性が引き下げられるといった議論の影響度が大きい中にあって、非常に説得力をもつ議論に成り得ているのではないかと思えた。
 一方、参入規制の緩和に係る論点であるが、特に、タクシー運転手の所得低下に与えた負の影響については、その反面として、新たにそこに参入した労働者の所得増加もあるので、参入規制の緩和によって格差が拡大したと考えるのは間違いである。タクシー運転手の所得低下の主因は不況である、とのこと。この点に関する論争軸(06/22付けエントリー参照)としては、①本当に「新たにそこに参入した労働者」の所得増加という効果はあったのか、また、②参入規制の緩和は本当に景気回復に寄与し得るのか(総需要が増えない中にあっては、それは「ジリ貧」の考え方であり、マクロ経済環境に働きかける政策がより重要ではないか)、という点があったと理解しているが、これらの点についての追加的なコメントはなかったように思う。*1
 なお、格差意識の高まりについて、第1に将来における格差拡大予想、第2にデフレ及び低成長の影響(名目所得の低下による心理的影響)、と分けて取り上げられていたが、デフレ・低成長は、期待所得を低下させ、特に、若年不安定就労層においては、その固定化をより強める可能性がある。第1の点と第2の点は密接に結びついており、格差意識を高めた要因としては、やはり、デフレ・低成長を第1に上げて論じる必要があるように思われた。加えて、後ろの方に上げられていた資産価格の上昇の影響は、結構無視できないのではないかと思われる。「家計株式保有額と格差社会に関するベストセラー」のグラフとその解説は、なかなか説得力のある話に思われた。

(追記)「すなふきんの雑感日記」におけるコメント

*1:ただし、「この問題では自分はいつも叩かれるのですが」と前振りされていて、結構意識はしてそうな感じであった。