備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

加藤涼「現代マクロ経済学講義 動学的一般均衡モデル入門」(その2)

現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門

現代マクロ経済学講義―動学的一般均衡モデル入門

第3章 資本市場の不完全性−流動性の理論と景気変動*1

  • 「資本市場の不完全性」のため、企業がリターンを得ることができないにもかかわらず「流動性」を保有することが意味を持つような状況を検討。具体的には、Holmstrom and Tirole(HT)論文にあるように、資金の借り手・貸し手間に情報の非対称性がある中で企業に流動性需要が生じる状況をモデル化する。

(有限期間モデル)

  • 経済全体の人口を1に基準化し、η:企業家の数、1-η:家計の数とする。消費財を貨幣単位とみて、「投資」は消費財を資本財に変換する形態とみる。投資の限界収益(=資本財価格)をq、金融契約は任意のt期の期初−期末で完結し期中に再交渉の機会はない、企業家、家計は危険中立的*2で企業家はi単位の消費財をRi単位の資本財に変換する確率的投資機会を有する(収穫一定)。
  • 期中に確率的な「流動性ショック」が生じ、追加的な消費財はω~Ri=ωiと資本財に比例して増加。確率変数ωは、分布関数 Φ=∫φ(ω)dω に従う。確率的リスクが大量にあれば、プールすることで個別リスクは相殺可能であり、MM定理は成立。
  • 情報の非対称性を導入するため、企業がリストラを実施した場合のプロジェクト成功確率(π_H)がそうでない場合の成功確率(π_L)よりも高く、後者の場合に企業は便益Bを得る状況を考える。流動性ショックを ω<=π_H・R=ω1 に押さえることが出来れば、投資は企業価値向上に寄与し得る。利益*3のうち企業家の取り分Rf・iとすると、家計の取り分は (1-Rf)・i。Rfは、企業家がリストラを回避しないような最大値 π_H・Rf=π_L・Rf+B…(3.1) を満たすように決まる。π_H・Rf=ω0はω1よりも小さく、ω0<=ω<=ω1 の場合は企業価値を高めることができるにも拘わらずファイナンスされない。このため、企業家は流動性を多めに保有することでリスクを軽減する誘因を持つ。
  • これらの前提の下で、消費財投資の企業の純利益を最大化する最適契約問題 max:q[π_H・Rf・i]∫φ(ω)dω s.t. i-n=q∫(π_H・(R-Rf)・i-ωi)φ(ω)dω=qh(ω)i…(3.2), (3.1) n:期初の自己資本 をセット。*4この最適化問題の条件式は i=k(q)・nと書き換えることが可能*5で、k(q)を「株価乗数」と呼ぶ場合がある。企業の自己資本の大きさは外部投資家の情報非対称コストを低減し、乗数的に投資を増やすことが企業家にとって最適となる。

(無限期間モデル)

  • このモデル経済には、①企業家、②家計に加え、③消費財を生産・販売する「生産者」、④消費財を家計から集め企業家に分配したり、企業家にクレジット・ラインを提供する「銀行」が存在する。
  • 家計の最適化問題 max:E0[Σβ^t・u(c(t),l(t) )] s.t. q(t)k_c(t+1)=q(t)(1-δ)k_c(t)+[w(t)l(t)+r(t)k_c(t)]-c(t) をセット。家計は危険回避的とするが、これは一定の仮定の下で、期中において危険中立的であることと矛盾しない。動学的ラグラジアンLagがセットされ、1階の最適化条件 pdLag[/pdc(t)]=0, pdLag[/pdl(t)]=0, pdLag[/pdk(t+1)]=0 より、2つの条件式がセットされる。
  • 企業家については、労働供給が非弾力的(一定)、効用関数は危険中立的(線形)とする。企業家の割引率は家計よりも大きい(rβ<β)と仮定し、最適化問題 max:E0[Σ(rβ)^t・c_e(t)] s.t. q(t)k_e(t+1)=(1+ρ(t) )n(t)-c_e(t) where n(t)=(1-δ)q(t)k_e(t)+r(t)k_e(t)+w_e(t), 1+ρ(t)=q[π_H・Rf・Φ]/(1-qh(ω)):自己資本1単位に対するグロス利益率*6 をセット。1階の最適化条件より条件式を得る。当該条件式より、q(t)は無限期間先までの資本財1単位が生み出す収益の割引現在価値であることが分かる。
  • 生産者の最適化問題は、生産者には情報の非対称性の問題が無くファイナンスの問題を考える必要がないことから、1階の最適化条件は限界生産性=限界費用 r(t)=υ(t)pdF[/pdK](K(t),L(t),H(t) ),w(t)=υ(t)pdF[/pdL](K(t),L(t),H(t) ), w_e(t)=υ(t)pdF[/pdH](K(t),L(t),H(t) ) とする。

  

  • 上記に幾つかの条件式を加え、カリブレーションによるパラメータ設定、CRRA型の家計効用関数、コブ・ダグラス型生産関数を仮定してシミュレーションを行う。
    • RBCモデルでは、投資は貯蓄の裏側として動くに過ぎず、消費が恒常所得の変化に応じてジャンプすると設備投資も瞬時にジャンプする。一方、情報の非対称性が存在するモデルでは、設備投資は資本財価格(株価)に加え、自己資本の関数となる。投資プロジェクトの生産性が向上した場合、キャッシュ・フローを蓄積するに従い資金調達コストが低下し、投資額もピークとなる(設備投資のdelayed response)。
    • 実際のデータによると、企業の流動性需要(銀行借入)は景気と順相関(プロシクリカル)であり、設備投資1単位当たりの流動性流動性依存度)は逆相関(カウンターシクリカル)である。モデルでは、流動性需要は概ねプロシクリカル、流動性依存度は生産性ショックに対し逆方向に反応。
  • バブル崩壊直後の日本経済では投資機会が小さい家計部門に相対的に資金の偏りが生じた。全ての主体に一律に課税し投資機会のある企業家への補助金とした場合(再分配政策)のシミュレーション結果をみると、家計消費は政策直後に落ち込むが数期後には当初の水準を回復し、企業消費と合わせた総消費は一貫してプラス。インフレ政策は「再分配政策」と同様の効果を持つが、投資機会の少ない非効率な企業も補助金が得られるため、経済全体としてマイナスの効果を与えてしまうリスクがある。従って最善の政策とは考えない。

コメント 先日の議論でも話題となった資本市場の不完全性を取り入れたモデルによる分析。消費財投資は(比例的に)利益を生む設定と、最適化問題の結果、投資は企業の自己資本に応じて増減することになるため、企業への補助金は金融仲介の非効率性を低下させ投資が拡大する。(景気対策としての)不良債権公的資金による一括処理への理論的根拠を与えるとされているが、仮にモデルの設定を受け入れた場合でも、投資機会のある企業の選別の問題や不況期において家計に負担を強いるという問題が残る。
 加えて、実際のところ長期不況からの脱却に寄与したのは、大規模な為替介入やりそなへの公的資金投入といった、必ずしも「投資機会のある効率的な企業」ではない「非効率な企業」を含んだ企業部門全体への一種の「補助金」であったと考えられる。(いわゆる「構造改革」は、潜在成長率を高めることで長期不況からの脱却に寄与したとの考え方がある一方、現在の経済成長率を低めるという逆の効果を持つことも指摘されている。)また、企業の貯蓄投資差額は90年代後半から貯蓄超過で推移しており、企業貯蓄は借入金の返済に充てられている。これらの事実から、「現実」として当該モデルによる含意が我が国経済の復調を説明しているとは考え難いものがある。(01/16/07 修正)

*1:福永・日銀レビューも参照。

*2:最適化問題の目的関数(効用関数)は線形となる。

*3:ここでは「付加価値」の意。

*4: (3.1)式は「誘因両立制約」、(3.2)式は「無超過利益条件」と呼ばれている。

*5:pp.126-127の補論。

*6: (3.2)よりiとnの関係式 [1-qh(ω)]i=nが導かれる。