ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

翻訳の問題

 一谷藤一郎他訳によるハイエク「隷従の道」には、次のような記述がある。

 全ての集産主義体制に共通な特徴は、社会主義各派にこれまで親しまれている言葉で表せば、一定の社会目標のために、社会の労働力を意識的に組織化するにあるということができる。

 一方、同じ箇所を阿部重夫氏は次のように翻訳する。

 どんな種類の集産主義的体制にも共通している特徴とは、あらゆる学派の社会主義者がこれまで愛好してきた言い方をするなら、ある決定的な社会的目標に向けて社会全体の労働を計画的に組織化することだ、と言えるだろう。

 原文を見たわけではなく評価はできないが、少なくとも、両者の文意には違いがある。同じく翻訳による文意の違いという意味で真っ先に思い起こすのはマラルメの詩である。ピエール・ブレーズ「プリ・スロン・プリ」のライナー・ノーツにある鈴木信太郎訳による「墓」の文章は、次のようなものである。

浅くない小川と非難されてゐる淵に その脣を附け*1
味つて飲むのでもなく 一息にぐいと呑み干すのでもなく、
純眞に少年らしい肯定で 唯ぢつと 死を 見詰めてゐるのだ。

 一方、加藤美雄訳によれば次のようになる。

素朴にも賛意をみせ、水を唇にせず
また息ぎれることもなく、死の河と中傷された
やや深い流れを、ひたすらに見つけようとした。

 前者には、力強く訴えかけてくる「何か」を感じることができるが、後者の文章は、少なくとも自分には全く意味がとれない。

*1:唇を付け