- 作者: 岩田規久男
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2004/03/19
- メディア: 単行本
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序章 金本位制移行から昭和恐慌まで:歴史的外観
- 1870年頃から桂園時代、昭和恐慌を経て、2.26事件(1936年)までの政治・経済面における歴史的外観。日本は1871年の新貨条例により金本位制を採用したが、国内の金は枯渇し、1885年に銀貨との兌換を保証した日本銀行券が発行され、事実上の銀本位制となる。1897年に日清戦争で得た多額の賠償金をベースに金本位制に移行(1917年、第1次世界大戦により離脱)するが、新たに定めた金平価は、新貨条例時の円の価値を半分に切り下げた新平価。1930年、財界の整理・淘汰という明確な方針の下、濱口内閣において旧平価による金解禁を断行。
第1章 国際金本位制の足かせ
- 経済学者は、戦後暫く、大恐慌を資本主義経済の本来的な不安定性を示す実例として把握(旧ケインジアンによる長期停滞論等)。これに対し、フリードマン=シュウォーツは、大恐慌の背後に金融政策当局の重大なミスがあることを説得的に論じた。近年の国際学派の研究によれば、各国が大恐慌から脱出する画期となったのは、国際金本位制という「政策レジーム」からの離脱。
- 国際金本位制では、国内物価が上昇(下落)し経常収支が赤字(黒字)になると、金が流出(流入)し国内貨幣供給量は減少(増加)。金流入国では、通貨当局が金を買い入れ自国通貨供給を拡大するが、この時、他の資産を売却して通貨供給の拡大を阻止し流入した金を「不胎化」することができる。この場合、特定の金平価を維持するための各国通貨供給の調整は、金流出国のさらなる通貨供給縮小によって実現する必要があるため、金本位制は、本質的に金融引き締めバイアスを持つ(金の足かせ)。
- FRBの金融政策は、「資金供給は民間の資金需要に応じて受動的に行われるべきである」という銀行学派的ルール=真性手形仮説に基づき行われた。このルールは、景気を増幅させるように作用。国際比較によれば、金本位制から早く離脱した国ほどデフレの影響は少ない。
第2章 「失われた13年」の経済政策論争
第3章 金解禁をめぐる新聞メディアの論調
第4章 経済問題にかかわる雑誌ジャーナリズムの展開
第5章 昭和恐慌に見る政策レジームの大転換
第6章 昭和恐慌と予想インフレ率の推計
- デフレ不況に関する代表的な仮説として、(1)インフレ率の予想過誤によって生じる所得再分配効果を重視する「古典的なDebt Deflation」仮説、(2)名目金利に下方硬直性がある場合、予想インフレ率の低下(実質金利の上昇)が投資の減少を招くことを重視する「実質金利仮説」、(3)企業が保有する担保価値の変化が投資を変化させ経済変動を引き起こすことを重視する「現代的なDebt Deflation」仮説、の3つがある。
- 名目金利、予想インフレ率、実質金利を一般均衡モデルの均衡値として内生的に決定することにより推計した時、予想インフレ率は、(1)(2)(3)の仮説全てに整合的。予想インフレ率の大きな変動は、金本位制離脱が必至となった1931年9月と、大規模な財政金融政策がアナウンスされた1932年4月の2回にわたって生じている。
第7章 昭和恐慌期における不良債権問題と金融システムの転換
- 個別銀行のミクロデータにより銀行破綻要因を分析すると、昭和恐慌期の銀行破綻は、(昭和金融恐慌時と異なり)「バブル崩壊・都市型」不良債権問題が原因ではなく、デフレの進行により新たな不良債権が生じたことに伴うものである可能性が高い。
- 昭和恐慌期の法人企業のフリー・キャッシュフローはプラスであり、目先の資金需要の回復にはこの資金が使われたと考えるのが自明。このことは、「不良債権処理を加速させ、貸出が増加に転じる状況を作り出すことがデフレ脱却の必要条件である」との見方に対する決定的な反証。また、株価が低迷し増資による資金調達が困難なデフレ下において、創業が増加することを想定するのは無理(「創造的破壊」説の否定)。
第8章 なぜデフレは終わったのか:財政政策か、金融政策か
- 年次データの分析では、Grangerの因果性においてマネタリー・ベースの伸びが物価上昇率に先行。インパルス反応関数では、マネタリー・ベース増加率の上昇が有意に物価上昇率の上昇をもたらす。生産の変動とマクロ経済政策の関係では、財政政策、金融政策ともに有意性が低い。高橋財政では、財政政策単独では生産の増加に効果はなく、デフレ脱却に向けたパッケージとしての高橋財政の重要性を示唆。
終章 昭和恐慌の教訓
コメント 昭和恐慌研究の記念碑的作品であり、2004年の日経・経済図書文化賞を受賞。昭和恐慌期や平成不況期に関して、一貫してデフレ脱却に向けた拡張的金融政策を重視する意見を持つ論者によるものであり、全体の統一感は高い。序章で昭和恐慌前後の歴史的経緯を概観した後、第1部では、大恐慌に関するこれまでの研究、国際金本位制が内包するデフレ・バイアス、金解禁をめぐる論争と各種メディアの反応等が分析・紹介される。第2部は昭和恐慌を実証的かつ多面的に分析したものであり、恐慌からの回復過程において、リフレーション政策が重要な役割を果たしたことが証明される。
本書の含意と教訓は、そのまま平成不況期の経済論争にもあてはまる。2002年以降、日本経済は回復期にあるが、この景気回復をこれ程まで持続的なものとした要因は2003年以降の多額のドル買い・円売り介入と日銀による量的緩和政策にあり、これらが予想インフレ率の上昇に寄与したとの見方ができる。予想インフレ率の上昇を促すため、本書の著者等が提案するのは「日本銀行が1〜3%程度のインフレ目標を設定し、その目標をできるだけ早く達成するための手段として、無制限の長期国債買いオペ」を実施するというものである。一方、現在、日本銀行は金融引き締めに向けた動きを強めており、概念的に予想インフレ率に相当するBEIは低い水準にある。
完全失業率が3%台半ばの水準まで低下し、デフレギャップもある程度改善した中で、今後の金融政策がどうあるべきかについての意見には広がりがみられる。しかし、1995年以降のデフレ経済の間に拡大した雇用の「質」の問題には改善の兆しが見られず、賃上げ率もインフレ率も底を這う動きを続けている。こうした中で、景気を占う一部の指標に陰りもみられ、政治情勢的にも景気を「逆噴射」させる施策に傾く懸念がある。適切な政策目的を設定した透明性の高い金融政策が求められるが、その際には、先行きの景気に係わるこれらの現状も十分考慮される必要があると考える。