ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

長時間労働は「悪」か?(続き)

人間の喜びと経済的価値―経済学と心理学の接点を求めて (1979年)

人間の喜びと経済的価値―経済学と心理学の接点を求めて (1979年)

 ワーク・ライフ・バランスに関して、

この議論は、長時間労働を抑制し他の生活時間を確保することは国民の「権利」である、というような視点で議論が進んでいるように見受けられる。しかし、仕事は「地位財」であり、職業によっては、長時間働くことは幸福を高めることに繋がる。この場合、他の生活時間(例えば、育児や地域活動に充てる時間)を確保することは、国民の「義務」として捉える必要が出てくる。

と先にコメントしたが、個人の権利・義務関係にこの問題を落とし込むことは、些か正当性を欠くのかも知れない。
 そもそも、人口減少が進む中で、労働力の供給制約が将来的に解決すべき課題とされており、その上で、女性の就業促進は重要である。片稼ぎ・専業主婦の「近代家族モデル」から共稼ぎ中心の世帯構成への移行は、傾向的変化であると同時にマクロ経済・社会からの要請でもある。とは言え、現在の共稼ぎ世帯では、妻の就業はパートが中心である。また、若年不安定就業の問題は、今後は、この層の中高年化という形で将来も残ることになる。その結果、従業員の処遇を統一的なものにしていくことは、困難であるとは言え、重要な課題であることを否定できない。また、この「処遇の統一」は、長時間労働の抑制とともに、ワーク・ライフ・バランスの構成要素を成している。
 処遇の統一は、正規の仕事を得ていた者にとっては、これまで同様の働き方ができなくなる(=これまで同様の給与水準を保てなくなる)ことを意味する。嘗て論じたように、成果主義賃金制度はこの方向性を推進するが、人事の経済学の含意からすれば、最適な報酬体系のための重要な要素として「ソーティング効果」(生産性の高い労働者のみが継続就業し、生産性の低い労働者が離職すること)が挙げられている。言うまでもなく、これは解雇法制、特に整理解雇要件の緩和という論点に繋がる。処遇の統一(成果主義賃金制度)に解雇法制の緩和が加わることによって、生産性の向上は可能になる。整理解雇要件の緩和は、財界との妥協を図る上でも必要なものであろう。
 ワーク・ライフ・バランスは、人口減少下にある日本にとっての課題であるが、必ずしも全国民に幸福をもたらすものではない。それは、一部の国民には、生活水準の低下を強いるものでもある。こうした観点から、ワーク・ライフ・バランスは、「権利」的なものであると同時に「義務」的なものであることが理解できる。後者の点に関しては、今後何らかの形でアナウンスされ、財界と国民の双方の妥協点が探られていくことになるのであろうか。