ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

藤井彰夫『イエレンのFRB 世界同時緩和の次を読む』

イエレンのFRB 世界同時緩和の次を読む

イエレンのFRB 世界同時緩和の次を読む

※記述の誤りを修正し、注記を追加しました。(02/23/14)

 いわゆる「三本の矢」と称される現下の経済政策の下、日本経済は、物価がデフレの状況ではなくなりつつあり、雇用情勢も改善しているが、その一方で、消費税増税の実施を控え、家計の所得や消費の動向には懸念材料もみられる。こうした国内の動きとは別に、海外経済や為替レートの動向も、今後の日本経済に大きな影響を与え得る要素である。この点において、2月に就任したジャネット・イエレン議長のもと、米国FRBの金融政策がどのように変化するのかは、極めて重要な注目点といえる。

 本書は、昨年大きな注目を集めた議長選出の経緯、イエレン新議長のライフヒストリーバーナンキ前議長のもとFRBが起こした金融政策の革命、イエレンのFRBをみる上でのポイントから、近年の日銀や欧州中央銀行の動きまで、ジャーナリストの視点から幅広く取り扱い、評価している。本書の前半で特に注目したのは、新議長の選出の過程に影響を与えた米国の政治情勢である。米国議会の「ねじれ」や共和党へのティー・パーティーの影響力の強まりは、債務上限引き上げ法案をめぐる混乱などを通じて、経済・金融情勢に大きな影響を与えている。議長任命時には、議会承認の得られやすさも大きな決定要素となったことがわかる。
 バーナンキ前議長のもとでのFRBの金融政策の革命ということでは、フォワードガイダンスと量的緩和が鍵となる。その中で、イエレンが副議長として大きな役割を果たしたのがコミュニケーション戦略であり、2012年1月には2%のインフレ目標を導入、同12月には失業率が6.5%に下がるまでは少なくともゼロ金利を続け、その間はインフレ率が目標を0.5%上回るのは容認するという新しいフォワードガイダンス(エバンズ・ルール)を導入している。
 こうしたことを踏まえて、著者は、イエレンのFRBをみる上でのポイントの第1と第2に雇用重視と透明性を上げている。イエレンの雇用重視については、本書に引用されたAFL−CIO本部での講演でのつぎのコメントによく表れている。

 (失業者)は私にとって単なる数字ではない。長期の失業は労働者とその家族にとって破滅的なものであることを我々は知っている。失業期間が長引くほどホームレスになるリスクが高まり、自宅の差し押さえの原因にもなってきた。半年から1年間も失業すると家を借りることも難しくなり、新しい仕事を見つけるために引っ越しをするという選択肢もなくなる。その被害は労働者の精神面や肉体面、さらには結婚生活や子供にまで及ぶ。

 こうした言葉は、ぜひ日銀の政策委員会委員や政治的な影響力を持つ日本の経済学者などからも聞いてみたいものだと思わせる。一方で、米国の失業率が目標の6.5%に近付く中、今後は、量的緩和政策からの出口戦略をどう打ってくるのかが注目点となる。これについては、保有資産の売却を急がず、極めて緩やかなペースで資産を縮小していくのではないかとみられているが、今回、議長ポストを争うこととなったローレンス・サマーズをはじめとして、量的緩和政策への批判には広がりがみられる。なお、足許の経済指標をみると、インフレ率は目標よりもやや低く、完全失業率はほぼ目標に到達している。

 なお、サマーズの量的緩和政策への批判は、つぎのようなものである。経済が「流動性の罠」の状況にある中、金融政策を経済の主要な推進手段とすることは誤りである。また、その効果がどれだけ大きいのかもわからない。金融資産の価格を押し上げることは、それを多く保有する裕福な人々を助けることになり、格差を広げる。より正しい財政政策をとり、民間投資を支援できれば、FRBにこれほど圧力がかかることもない。真の問題は『異例の金融政策に経済成長を頼らなくてもすむ環境をどう作り出すか?』ということだ、といった内容である。
 また、マーティン・フェルドシュタインは、日本のいわゆる「アベノミクス」における量的・質的金融緩和政策に否定的な見解を示している。特に、インフレが生じても賃金が上がりにくいことについて、日本には、長期の失業者と短期の失業者という二つの労働市場が混在しており、短期の失業者の労働市場では労働力需給が引き締まり、賃金も上がるかもしれないが、長期の失業者は残る、といった指摘をしている。

 日本経済の今後を考えると、FRBが緩やかなペースで量的緩和政策の縮小に動くとみられる中で、日銀は今後1年程度(あるいはそれ以上)にわたって資産規模を拡大していくとみられる。2月17日に公表された四半期別GDP統計をみても、実質GDPの増加による物価の引き下げ寄与をマネー・ストックマネタリー・ベースの増加が打ち消し、ここ数年間はみられなかったような形で、国内物価国内需要デフレーター)は上昇しており、その効果は、経済指標の上からもみられるようになっている*1

 一方で、賃金や消費の動向には懸念材料もあり、大企業労働者を中心に賃上げの動きが広がれば、輸入物価の上昇によって賃上げ余力が失われた中小企業労働者との間で賃金格差が広がることになる*2。格差問題は、小泉政権末期から前安倍政権にかけて、政治的な文脈においても大きな話題となり、一方で『日本の不平等』など、「格差社会の幻想」といった副題を持つ書籍が売れたりもした。格差問題は、今後の「アベノミクス」の推移によっては、これからも議論と混乱をよぶ話題となるようにも思われる。