1.労働者派遣事業の概要
労働者派遣事業は、1986年に法律によって新たに認められた雇用形態であり、雇用契約を締結する事業主と指揮命令を受ける事業主が異なるという、それまでの雇用形態にはなかった特徴を持っている。労働者と雇用契約を結ぶ労働者派遣事業者が企業との間に入ることで、企業の採用経費の縮減や景気循環の足枷とならない柔軟な労働力の調達を可能とし、経営の効率性を高めることに繋がる。また、派遣可能な業種や派遣期間等に係る規制は、これまで次第に緩和されてきた。1999年には、従来は、専門的業務とされる26業務(1996年以前は13業務)だけが派遣の対象とできたのに対し(いわゆる「ポジティブ・リスト」方式)、労働者派遣事業が禁止する特別の業務を除きどの業務についても派遣の対象とできるいわゆる「ネガティブ・リスト」方式に変更された。2004年には、これまで禁止されてきた製造工程現場への派遣が可能となり、製造業における派遣労働の増加に繋がっている。
2.労働者派遣事業見直しの動き
労働者派遣事業については、先ず、経営者団体より(1)派遣対象業務の拡大、(2)派遣期間の制限(現行、原則3年)の撤廃、(3)雇用契約申込義務の見直し、が要望されている(東商「労働政策に関する要望」)。一方、労働組合は、派遣される期間だけ雇用されるという最も典型的な派遣労働の形態である「登録型派遣」の原則禁止を活動の方針に掲げている(朝日新聞記事)。
ネット上の議論では、労働者派遣事業に関するこれまでの規制緩和を見直す方向に進むことが所与であるような言動も垣間見られるが、現実の政策現場においては、当事者間の見解の相違が開きつつあるというのが現実である。
コメント 景気に減速傾向がみられる中で「登録型派遣」が禁止されると、就職氷河期世代の不安定就業層は死屍累々の状況に陥るかも知れない。(「死屍累々」は言い過ぎかな?)これまで、単純な仕事を繰り返し、職業能力を身に付ける機会に乏しかったこれらの層を企業が積極的に正規雇用採用すると考えるのは楽観的過ぎよう。(勿論、景気が拡大し新規学卒市場のタイトな状況が今後も継続するのであれば、そうとは限らない。)また、議論を行う上で、経済学者の知見は欠かすことができないものであるにも拘わらず、近年、経済学者すらも批判の対象となり、政策決定の現場から遠ざけられる傾向があるとすれば、日本の未来をさらに救いの無いものにするだろう。
私見では、「登録型派遣」の禁止に向けた動きの根底にあるものは、労働者派遣事業に関わる派手な経営者に対する、一般サラリーマン層のルサンチマンである。これが現実となった場合に利益を損なうのは、(不安定就業層とともに)彼等経営者であろう。その一方で、議論を煽るイデオローグ達は、既に自らを安全地帯に置いている。不安定就業層の死屍累々の状況は、いずれ、国庫負担の拡大という形で一般サラリーマン層の利益をも損なうことになるだろう。
確かに、人口減少が進む中でマクロ経済の将来の成長を可能にするためには、生産性向上を図ることが重要である。その観点から、教育訓練機会に乏しく細切れの就業となりがちな「登録型派遣」について、規制強化を求めることには合理性もある。*1(逆に言えば、格差問題への対応として規制強化を図ることに合理性はない。)しかし、規制強化を図るにしても、「登録型派遣」の禁止のような形態をとるべきではない。
派遣事業者は、自らの事業の資産である派遣労働者に職業能力を高める機会とより高度な仕事を提供できる必要がある。そのためには、どの様な経営方針を持ち、営業体制を構築するかが重要である。同時に、派遣労働者の仕事に向けたインセンティブを高める上で、高度な仕事には適正な報酬が支払われることが必要となる。規制強化は、この様な派遣事業者の事業モデルに関与するものであるべきであり、景気動向も踏まえつつ段階的に進めていくことが望ましい。