- 作者: 田中秀臣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/02/21
- メディア: 単行本
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主流を「不謹慎」に覆す「まっとうな」経済評論
「最低賃金を引き上げると、失業も雇用も悪化する」等々の見出しを見た途端、内容を読みもせず(あるいは理解できず)、「単純・素朴な初等経済学で政策を論じる経済学者」などといった、それこそ単純・素朴なレッテル貼りをする莫迦が沸き起こることが予測できる。だが、経済学をツールとして社会事象を論じる手際がそう簡単に切り捨てられるほど単純ではないことは、執筆にあたって引かれた文献の数々とその多様な主張をみればわかる。本書で採用されている議論の手法は、「ヤバい経済学」よりも、覆面経済学者のそれに近い。標題はどうあれ、内容は、至極「まっとうな」社会・政策評論集である。(言いかえれば、世の中には、「まっとう」でない議論が数多いということであり、世の中がそうである限り、こうした書籍の市場も永遠に失われないのである。)
序章にあるように、人は、経済学に対して、「お金ですべての問題が解決できるとする考え方」とか「社会を弱肉強食化させようとする考え方」という印象を持つ。その最たるものが、内橋克人らによるM・フリードマンへのいわれなき人格攻撃であろう。日本の経済学者に対しても、同様の事例は散見される。しかし、そのような経済学、あるいは経済学者に対する見方は、正しいものではない。経済学は「過度の競争が行われる社会や、弱肉強食の世界にならないような社会のあり方を考えるためにある」のだ。*1この主張には、自分も心底より賛同するものである。
多種多様な論点
本書の取り扱う対象は多種多様であり、興味は尽きないが、いくつかの論点を取り上げると、(1)「ひとり勝ち市場」では、公平性だけでなく効率性も損なわれる可能性がある、(2)「合理的経済人」を仮定しない理論(エインズリー等)は、(時間選好に関して双曲線割引をする)個人の救済の必要性につながるもので、その主張は、福田徳三が生存権の基礎とした考え方にも通底する、(3)「分配する最小国家」をめぐる稲葉振一郎・立岩真也の論争点、(4)欧州型経済モデルに対するO・ブランシャールの見方、(5)目の前の現実に無頓着である一方、根本問題(大東亜共栄圏、東アジア共同体など)に拘泥し過ぎることの危険、等々。
なお、最初の「最低賃金を引き上げると、失業も雇用も悪化する」という論点に戻ると、本書では、単純な需要・供給モデルでそれを論じているわけではなく、需要独占的モデルでは、最低賃金の引き上げが雇用の増加につながることなどを指摘した明日山陽子氏の論文にも準拠し、「成長政策と所得政策の組み合わせ」が有効であることを主張している。また、先に取り上げたブランシャールの主張は、労使協調や長期雇用といった日本的な雇用システム論にも関係する論点を含んでおり、興味が引かれる。