備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

今年の12冊

 恒例のエントリーです。

井ノ口順一『リッカチのひみつ 解ける微分方程式の理由を探る』

 微分方程式は一般には「解けない」が、リッカチ方程式 u_t=\alpha +2\beta u+\gamma u^2には解法が存在する。その理由を、次元を二行二列の行列 \mathbf{M}_2\mathbf{R}に制限し、変換群の対称性という観点から解明する。内容は平易だが、学部後半から大学院レベルの多様体論(1径数変換群、ベクトル場、Lie代数等)が含まれる。最終章ではKdV方程式 u_t-6uu_x+u_{xxx}=0の解法(逆散乱法)が取り上げられ、その手順の中にシュレディンガー作用素が現れる。こうしたことには、数学の個々の分野を超え通底するつながりのようなものを感じさせる。

大森英樹『平面人からの手紙[上]』/『平面人からの手紙[下]』

 自分が学生の頃に出版された本。当時「フェルマーの最終定理」は未解決で、時代を感じさせる記述もある。非ユークリッド幾何学に最初に触れるには良い本*1。後半に出てくる「まっすぐ」とは何か、との話題は、著者長年の「十八番」で、『一般力学系と場の幾何学*2のさわりの部分でも出てくる。すでに絶版だが、今時2冊で3000円はやや高すぎ、再販は不可能か。

金重明『13歳の娘に語るガロアの数学』

 ガロアの理論を代数方程式に関する要素に絞り、わかりやすく説明。体の拡大、ガロア群、ガロア対応等の概念が比較的容易に頭に入り、この理論に至る過程でのラグランジェ(単拡大定理)の重要性もよくわかる。ルービックキューブや数直線に関する話などは、思わず膝を打つ。思えば「代数方程式の解は、一般には係数体内の四則演算と根号によって表現することはできないが、数値計算で近似的に計算することはできる」ということの意味を深く考えたことは、これまでなかった気がする。

筒井康隆文学部唯野教授

 近代文芸批評の系譜を、大学人や当時の論壇で名を馳せた文筆家に関するパロディを交え、コミカルに描く。学術的な内容にも拘らず一気に読み進む。もともとのきっかけは、分析的な国語読解のための背景理論を得たい、ということ。

石川美子ロラン・バルト 言語を愛し恐れつづけた批評家』

 本書の82頁までが物語の構造分析に至るまでの変遷。威圧的な存在や言葉、作家の神格化への抵抗。「自然」に対する「零度」、「作者」に対する「読者」など二元論による語り。

坂口安吾『夜長姫と耳男』

 安吾の傑作としてネット上で絶賛されており、また上の子の学校での推奨図書となっていたので読んだもの。比喩的解釈はいろいろできそうだが、この物語を紡ぐ必然性が何だったのかは、よくわからない。

神取道彦『ミクロ経済学の力』

 上の子の自由研究のために購入。全体としては未読だが、これほどわかりやすい理論書は珍しいと感じる。数式も避けずに、しっかり記述している。

玄田有史『人間に格はない 石川経夫と2000年代の労働市場

 各章の最後に置かれた解説コラムにおいて、著者の目を通した「石川経夫ならどう考えるか」が述べられる。特にその格差観や労働市場観は興味を引く。

 格差を語るとき、賃金や所得の違いという金銭の多寡だけが問題なのではなく、それが本来個々人の備えている能力にふさわしいかどうかが、問われなければならない。だからこそ、格差を語るには、能力とは何か、そしてそれはいかに評価されるべきかという、難しいテーマへの地道な取り組みが欠かせないのである。

このような格差観は、その中に「内部労働市場」の構造を含む日本の雇用システムに対する批判的立場へとつながる。

*1:ポリアの白熊の問題を思い出す。

*2:traindusoir.hatenablog.jp