ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

大竹文雄「日本の不平等 格差社会の幻想と未来」(その1)

日本の不平等

日本の不平等

第1章 所得格差は拡大したのか

  • 世帯所得の不平等度を考える場合、世帯人員数の影響を受ける。その調整方法として一般的に用いられるのが等価所得(=世帯所得/√(世帯人員))の概念。
  • 橘木俊詔氏は、所得再分配調査の「当初所得」の数値により、日本の不平等度(ジニ係数)は米国よりも大きいと論じたが、比較する統計の定義が異なっている。「当初所得」では、公的年金だけで生活する世帯が増えたことにより、ジニ係数は(他の調査と比較しても、)著しく高まる。
  • 80年代は、低所得男性の配偶者ほど有業率が高いというダグラス・有沢法則が明確に成り立っているが、90年代に入るとその関係は弱くなり、97年においては夫の所得と妻の有業率の間には負の相関関係は観察されなくなっている。*1
  • 若年層と比較して高齢層の不平等度が大きくなるのは、例えば、宝くじの結果が出る前と出た後の不平等度を比較することと同じで、ある意味当然。人口高齢化による社会全体の不平等度の高まりは、真の不平等とは言えない。
  • 一方、若年層における消費不平等度の拡大は、現在の所得不平等度には現れない将来所得の格差拡大を反映したものである可能性(遺産相続を通じた将来所得の格差拡大、成果主義賃金制度導入による将来賃金の格差拡大、若年失業の影響等)。90年代を通じて、20代前半層の貧困率(Headcount rate=中位所得の半額以下の所得の世帯が占める割合)は上昇し、90年代後半には、20代後半層にも観察され始めている。

第2章 誰が所得格差を感じているのか

  • 過去5年間の所得格差拡大の認識(0,1)をプロビット・モデルにより回帰分析し、各説明変数の限界効果(当該説明変数が1%増加したとき(0か1の変数の時は、0から1に変化した時)に、その回答者が「所得格差が過去5年間で拡大した」と答える確率が上昇する大きさ)を計算する。その結果、格差の拡大に批判的であったのは、有業女性、高齢者、危険回避的な人、貧困層拡大を感じている人。
  • 人々が格差拡大のシグナルを受け取るのは、賃金や収入の格差の拡大自体からではなく、失業者やホームレスの増大からなのかもしれない。本章の分析はこの解釈と整合的であり、自分の身辺で失業を予期していたり極貧層の増大感じている回答者は、所得不平等度が拡大したと感じている。

第3章 人口高齢化と消費の不平等

  • ライフサイクル仮説や恒常所得仮説の下では、所得水準よりも消費水準の方が個人の経済厚生の水準を寄り正確に反映している可能性。Fukushigeは、相対的危険回避度一定型の効用関数*2と、資本市場が完全であり、利子率が時間選好率にほぼ等しいという条件の下で、消費の不平等度が生涯効用の不平等度と等しくなることを導く。
  • 将来が不確実な下で、生涯にわたる効用を最大化している消費者を考え、生涯所得=遺産を含んだ生涯消費とする。この場合、利子率が高いと、現在の消費を少なくし将来の消費を高めることが合理的。*3解雇や病気などの永続的ショックにあらかじめ保険を掛けることができれば、不確実性を除去することができ、当初に計画した消費を必ず達成することができる。今、時間選好率が全ての個人で同じとすれば、生まれた時の生涯所得の不平等がそのまま持続する。しかし、実際にはそれが全て保険でカバーされれるわけではない。
  • 対数消費分散による分析では、40歳以降、消費の不平等度が急速に高まり、所得分布についても消費分布についても、年齢とともにほぼ同率で不平等度が上昇。また、新しい世代ほどライフサイクルの当初から消費の不平等度が高い。80年代を通して経済全体の消費の不平等度が上昇した要因には、人口の高齢化と世代内の不平等度の高まりを指摘することができる。

第4章 所得不平等化と再分配効果

第5章 誰が所得再分配政策を支持するのか?

  • Benabou and Okは、所得階層間の移動性が高い場合には、低所得者所得再分配政策を支持しない可能性があることを理論的に示し、これをProspect of Upward Mobility(POUM)仮説と呼んでいる。
  • 再分配政策の支持度合いを二区分化し、プロビット推定を行うと、低所得者利他主義的な考えを持つ者、男性*4、リスク回避度が高い者、失業経験・失業不安がある者*5、ホームレスの増加を認識している者、規範と理想のギャップを感じている者などである。また、低所得層においてのみ加齢とともに再分配支持が優位に高まり*6、再分配政策に否定的な女性は高所得グループの女性。

コメント 第5章でいったん中断。大竹文雄氏の不平等論は、橘木氏の議論を反証し、90年代の所得不平等の拡大は高齢化に伴うみせかけのもので、日本の所得格差の拡大は幻想であるという議論を行ったことで広く知られている。しかしながら、ここに見られるように、若年層の所得格差(または、非正規雇用者の正規雇用者に対する所得格差等、労働市場の「割り当て」により生じている可能性の高い所得格差)の拡大については、一定の懸念を示している。その意味では、例えば、山田昌弘氏の議論(希望格差社会)と対立するものではなく、むしろ、経済学的な観点から補完するものであるとも言える。なお、格差問題は、周辺でのホット・イシューとなっているが、個人的には、むしろ消費のオイラー方程式とかがでてくるとわくわくしてしまうのである。

*1:ただし、夫の所得が300万以上の層では、傾きが弱まっているもののその関係性は見られる。

*2:U=E(j)[Σt=j_T+j-1 e^{-rho・(t-j)}・{ci(t)^(1-r)}/(1-r)] rho:時間選好率 r:相対的危険回避度 j:生年 T:生存期間。常数収益率r={x(t+1)-x(t)}/x(t) に対する割引率は、(1/{1+r})^t と表現されるのに対し、対数収益率r'=ln{x(t)/x(t+1)}に対する割引率は、本式におけるように、e^(-r'・t)と表現される。

*3:08/19付けエントリーにおける、第2章の議論を参照。

*4:諸外国とは異なる。

*5:主観的指標として「幸福度」を用いたフラー等の議論と整合的。

*6:POUM仮説と整合的。