ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ブルーノ・フライ、アイロス・スタッツァー「幸福の政治経済学 人々の幸せを促進するものは何か」(その2)

幸福の政治経済学―人々の幸せを促進するものは何か

幸福の政治経済学―人々の幸せを促進するものは何か

第7章 現行の政治経済プロセスと幸福の関係

  • 左翼的な志向を持っている人は、インフレよりも失業に関心を注ぐ一方、右寄りの人は、失業率が上昇したときよりもインフレ率が上昇したときに、より大きな幸福度の低下を味わう。左寄りの人は、失業率1%ポイントの上昇の下で満足度を維持するには、インフレ率が1.8%ポイント低下することが必要であるが、右よりの人は、0.9%低下すればよい。

第8章 政治体制と幸福の関係

  • スイスの州別統計により、各州の民主的参政権に関する指数が幸福度に与える影響をみると、有意にかなり大きな影響を与えている。また、分析の枠外におかれていた集計的な変数の影響を、単独、もしくは制度的な変数と同時に推計してみると、1人あたり国民所得、税負担総額ともに幸福に大きな影響をもたらしておらず、これらの変数を含めても、参政権指数の係数はそれほど変わらない。また、この影響は、特定の階層に限定されたものでもない。
  • 「制度は重要な意味を持つ」というのは、経済学における通常の分析対象に限られた話ではない。優れた政治制度が現実に幸福を増大させているという事実をここではじめて示すことができた。

第9章 政治への参加と幸福の関係

  • 幸福な体験がもたらされるのは、結果からだけではなく、「プロセスの効用」によるものもある。これをみるために、参政権指数を、単独及び外国人(「プロセスの効用」を十分に受けられないが、結果の効用は受けられる)との交差項を加えてプロビット分析すると、参政権指数の限界効用は0.033(つまり、指数が1ポイント上昇すると、非常に高い満足度を示す人々の比率は3.3%ポイント増加)、交差項の限界効用は-0.024。つまり、プラスの影響のうち2/3がプロセスの効用、1/3が結果の効用に由来すると解される。

第10章 幸福の政治経済学

  • 標準的な経済理論では、個人が行った観察可能な選択に基づく「客観的」な立場に固執。効用は有形の要因(財・サービス)に依存し、顕示された行動(選好)から推測でき、逆に実際の選択を説明するのに効用を利用するという立場。このような現代的な立場は、実証主義から影響を受けている。ただし、このような客観主義的なアプローチのみに頼る態度は、理論的にも実証的にも疑問を免れ得ない。
  • 幸福関数を「社会厚生関数」の近似値として最高のものと考える動きもあるが、このような研究は、社会厚生の最大化というアプローチに潜むいくつかの問題を見落としている。選好の集計において、多数の「合理的な」条件の下では、独裁制がとられている場合を除いて、一般的に、結果を一貫性のある形でランク付けできるような社会厚生関数は存在しない(アローの不可能性定理)。これは、幸福関数にも妥当する。また、社会厚生の最大化は、インセンティブという非常に重要な側面を無視した「テクノクラート/エリート主義的」プロセスに相当している。これらの問題の解決の方向性として、社会的な結果を直接決定しようという(無益な)努力から、制度の設定により政治・経済プロセスを形成していくアプローチへの変化。
  • 経済学では、所得・失業・インフレといった変数が示すように、行動が主観的幸福に与える影響が分析されてきたが、その逆の影響については関心が低い。しかし、主観的幸福の認知的側面が、適切な動機や目標を活性化させることで行動に影響を与える可能性があり、情動的側面は、学習や内発的動機の形成を支援する可能性がある。例えば、従業員の内的なニーズを満足させることで、幸福が生産性にポジティブに影響する可能性がある。一方、外部からの動機が支配的だという印象を与えれば、内発的動機は閉め出されがちであり(クラウディング理論)、業績給といった形での外発的介入は、逆効果となる可能性がある。

コメント 経済学の標準的な考え方では、個人の行動や選好に基づく客観的な基準が採用されるが、ここでは、主観的幸福を基準とするアプローチがとられる。また、所得や消費といった結果だけではなく、プロセスそのものがもたらす主観的幸福への効果が評価される。主観的指標は、曖昧さがともなうとともに、本書で何度も言われるように、因果関係の方向性の見極めが難しいなどの困難さがともなう。また、社会厚生関数の最大化というアプローチの持ついくつかの難点は、幸福関数の場合でも相変わらず残る。
加えて、主観的幸福とある種の規範性が相反するケースにどう対処すべきかという問題もあるように思われる。人間は、長期的な利益よりも、短期的な利益の確保に流されがちであり、幸福指標もそのような人間の行動傾向を示すこともあり得るだろう。とはいえ、主観的幸福を基準とするアプローチについては、基準そのものが社会経済の本質的な「質」を表しており、また、本書の最後に指摘されているように、それが人間行動への影響を通じて、生産性や消費水準にも影響を与え得ることも無視し得ない。
本書から得られる重要な知見として、失業による不幸ということが挙げられる。失業の不効用は、新古典派経済学者が指摘するような所得の低下という結果からよりも、失業プロセスそのものによってもたらされる要素が大きい。このことは、適切な経済・社会政策(金融政策を含む)は何かということを考える上で重要である。人間は、保険制度のみによって失業の不幸から救われるわけではなく、むしろ経済成長性を確保し、社会の活性化をもたらすような仕組みを検討していくことがより重要であるということになろうか。