備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

デービッド・ローマー「上級マクロ経済学」(その2)

上級マクロ経済学

上級マクロ経済学

第1章 ソロー成長モデル(続き)
 1.4 貯蓄率の変化がもたらす影響

  • 貯蓄率が(恒久的に)上昇すると、sf(k)が上方シフトし、k*の水準も高まる。このため、暫くkは上昇を続けるが、いずれ更新投資で追加的投資を全て使い尽くしてしまうような高水準(k=(New)k*)に達し、上昇を停止する。Y/Lの変化率は、(均斉成長経路の)gからkの上昇等に応じて増加するが、いずれgに回帰する。
  • 貯蓄率の(恒久的な)上昇は、水準効果(水準を恒久的に変える効果)は持つものの、成長効果(成長率を長期的に変える効果)は持たない。ソロー・モデルでは、gのみが成長効果をもたらし、他のあらゆる変化は水準効果をもたらすのみ。
  • 消費は(1-s)f(k)となるので、当初時点では、sがジャンプする一方kは元の水準に止まることから減少し、その後kの上昇に応じて次第に増加。ここで、c*=f(k*)-sf(k*)=f(k*)-(n+g+r)k*…(1.14) として、k*=k*(s,n,g,r)という依存関係にあることから、(1.14)は、pdc*[/pds]=[f'(k*(s,n,g,r) )-(n+g+r)]・pdk*(s,n,g,r)[/pds]…(1.15) pdk*(s,n,g,r)[/pds]>0 となり、消費が当初の均斉成長経路上の水準よりも増加するかどうかは、資本の限界生産性f'(k*)がn+g+rよりも大きいか小さいかに懸かっている。
  • f'(k*)はn+g+rよりも大きくも小さくも成り得る。仮に、f'(k*)(=sf'(k*))=n+g+rである場合、消費は均斉成長経路上で可能な最高水準となり、k*がこのような状態にある場合、黄金律の状態(水準)にあるという。

 1.5 量的なインプリケーション
 (長期的な産出量への効果)

  • モデル分析において数量的な結論を導くためには関数型やパラメータ値を特定化する必要が生じるが、多くの場合においては、モデルをそこまで特定化しなくとも、長期均衡の周辺での近似を検討することにより多くの知見を得る。
  • 貯蓄率の産出量に与える影響はpdy*[/pds]=f'(k*)・pdk*(s,n,g,r)[/pds]…(1.16) で与えられる。k*はdk[/dt]=0を満たすkの値であるので、(1.13)より、sf(k*)=(n+g+r)k*…(1.17) が∀s,n,g,rで成立。(1.17)は両辺を微分しても成立するので、sf'(k*)・pdk*[/pds]+f(k*)=(n+g+r)・pdk*[/pds]⇔pdk*[/pds]=f(k*)/[(n+g+r)-sf'(k*)]…(1.19)。(1.16)に代入すると、pdy*[/pds]=[f'(k*)f(k*)]/[(n+g+r)-sf'(k*)]…(1.20)。両辺にs/y*を乗じ、s=(n+g+r)k*/f(k*)で整理すると、産出量の貯蓄率に対する弾力性は、s/y*・pdy*[/pds]=[k*・f'(k*)/f(k*)]/(1-[k*・f'(k*)/f(k*)])…(1.21) k*・f'(k*):効率労働あたり資本の限界生産物、[k*・f'(k*)/f(k*)]=αK(k*):(分配が効率的である場合の)資本分配率*1
  • ほとんどの国々において、所得の資本分配率は約1/3程度。この値をαK(k*)の推定値とすると、産出量の貯蓄率に対する弾力性は約1/2。よって、貯蓄率の10%程度の増加は、1人当たり産出量の水準を長期的に5%程度引き上げる程度。

 (収束の速度)

  • 貯蓄率の外生的変化が経済に与える影響の速さを見るため、長期均衡の近傍での近似を行う。(1.13)より、dk[/dt]をkの関数とみることができ、k=k*の場合dk=0。よって、k=k*の近傍において、1次のテイラー展開による近似:dk=Σ(n=0→∞)dk^(n)(k*)/n!・(k-k*)^n≒dk'(k*)・(k-k*)…(1.23)。また、(1.13)をkで偏微分し、s=(n+g+r)k*/f(k*)で整理すると、dk'(k*)=sf'(k*)-(n+g+r)=[αK(k*)-1](n+g+r)…(1.24)。これと(1.23)式より、dk(t)[/dt]≒-[1-αK(k*)](n+g+r)(k(t)-k*)。
  • n+g+rの典型的な値として、年率6%程度と考えると、[1-αK(k*)](n+g+r)は4%程度となり、k(及びy)は、毎年k*(y*)までの残りの距離の4%相当分だけ毎年調整されて均衡点に近づくことになる。この速度で均斉成長経路に近づくとすると、約18年で均衡までの距離が半分になる。

 1.6 ソロー・モデルと成長理論の中心課題

  • ソロー・モデルにおける労働者1人当たりの産出量の時間的・地理的な違いの要因は、1人当たり資本ストック(K/L)の相違、労働効率(A)の相違、という2つの可能性があるが、①労働効率の上昇だけが1人当たり産出量の恒久的な成長をもたらすこと、②資本ストックの変化が産出量に与えるインパクトはあまり大きくないことから、労働効率の相違だけが(時間的・地理的に)大きな貧富の差を説明する可能性を持った変数。
  • 一方、ソロー・モデルにおける労働効率は、①それが外生扱いとされており、成長を前提としつつ成長をモデル化しているとの批判も誇張とは言い切れない、②それが何であるか(抽象的な知識と考えることが可能であるが、教育と労働の熟練度、財産権の強さ、社会的基礎資本の質、企業家精神や労働に対する文化的態度等様々な解釈が可能)が明らかにされていない、ことから極めて不完全。
  • さらに、資本が単なる物的資本であるという以上の意味を持つ場合、例えば、正の外部性を持つ場合には、物的資本に対する私的収益(限界生産物)はもはや資本の生産における重要性の適切な指標とは言えない。

 1.7 実証面での応用
 (成長会計)

  • ソロー・モデルでは、短期であれば、資本蓄積と技術進歩のいずれによっても成長が可能であり、短期的成長の源泉は実証的な問題となる。この課題への取り組みである「成長会計」の考え方をみるため、再びY(t)=F(K(t), A(t) L(t) )式から始めると、dY[/dt]=pdY[/pdK]・dK[/dt]+pdY[/pdL]・dL[/dt]+pdY[/pdA]・dA[/dt]…(1.28)。両辺をY(t)で割ると、dY/Y=K/Y・pdY[/pdK]・dK/K+L/Y・pdY[/pdL]・dL/L+A/Y・pdY[/pdA]・dA/A=αK(t)dK/K+αL(t)dL/L+R(t)…(1.29) と整理できる。
  • αK(t)+αL(t)=[kf'(k)/f(k)]+L/(yAL)・{A・F(k,1)+AL・pdF[/pdK](k,1)・-(kAL)/(A・L^2)}=[kf'(k)/f(k)]+[f(k)-kf'(k)]/f(k)=1 であるので、(1.29)からdL/Lを減じると、dY/Y-dL/L=αK(t)[dK/K-dL/L]+R(t)…(1.30)。αK:資本分配率であれば、R(t)は残差として計測可能(ソロー残差)。ソロー残差は、私的収益を通じて評価した資本蓄積の貢献を除く全ての成長要因の混合物。*2

 (収斂)

  • 後発国は先進国よりも高成長をする傾向にあるかとの課題に対し、ソロー・モデルでは、①1人当たり産出量の相違が均斉成長経路からの相対的位置に基づくのであれば、前者は後者に次第に迫る、②1人当たり資本が多い国よりも少ない国の資本収益率が高く、後者から前者に資本が流れる誘因がある、③知識の波及に時間がかかることを前提とすれば、所得格差は前者においてまだ既存の最高技術が活用されていないことにより生じていることになる、ことから、経済成長にはそのような収斂が生じると考える。
  • ボーモルは、16カ国から成る1870年と1979年の1人当たり産出量のデータから完全な収斂が生じていることを実証したが、デロングは、この発見がほとんど見せかけに過ぎないことを示した。

コメント 経済成長の仕組みを考えるためには、現時点の資源を基礎に静学的な体系で考えるのではなく、動学的な体系を用いて考えることが必要。その上で、ソロー・モデルの含意を押さえておくことは、経済成長をめぐる議論を誤らないために有益である。ソロー・モデルでは、家計や企業の行動様式が明らかにされていない。また、長期的な経済の成長にとって重要な要素である「労働効率」が何であるのかが追求されず一定の率で上昇するものと仮定されている等の限界がある。とは言え、ソロー・モデルは、経済成長に関する重要な事実に符合しており、これらの限界を踏まえた上で現実の経済に適用することで有益な含意を得ることができる。実際、経済分析の場面では、コブ・ダグラス型生産関数を仮定した実証によって、現実の問題が語られることが多い。しかしながら、最後の「実証面での応用」では、ソロー・モデルでは国家間の所得格差の重要な特徴を説明できないこと(Mankiw, D.Romer and Weil)等、ソロー・モデルをめぐる実証面での課題がいくつか取り上げられている。これから先は、このようなソロー・モデルの限界を乗り越えていく作業となる。

*1:{pdY[/pdK]}/{Y/K}=f'(k)/{y/k}=kf'(k)/f(k)であるので「産出の資本(ストック)に対する弾力性」とも表現されている。なお、Y=K^a・(AL)^(1-a)⇔y=f(k)=k^a:コブ・ダグラス型、の場合は、αK=a。

*2:ichigoBBSのソロー残差スレッドでは、統計誤差の可能性が指摘されている。