松井慎一郎『河合栄治郎 戦闘的自由主義者の真実』
- 作者: 松井慎一郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2009/12/18
- メディア: 新書
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東京帝国大学経済学部教授であり「平賀粛学」によって職を辞することとなった社会政策学者河合栄治郎についての本格的な評伝。昨今、玉石混淆の目立つ新書の中にあって、中公新書のクオリティーの高さには際立つものがあるが、本書もそうした評価の対象のひとつとして数えられるだろう。
本書では、理想主義的な自由主義者としての河合とともに、その思想の根底にある「多元的国家論」についてもふれられている。
フェビアン協会と独立労働党というイギリスを代表する二つの社会主義団体に接したことは、マルクス主義とは思想構造が異なる社会主義、すなわち、理想主義的自由主義の系譜下にある社会主義の存在を認識すると同時に、当時のイギリス社会思想において一つの流れを形成していた多元的国家論への共感を引きおこした。
多元的国家論(政治的多元主義)は、国家主権の絶対性を否定し、協会、組合、学校などの多元的な社会団体も、国家と同等な主権を持つという学説であり、H・ラスキ、E・バーカー、J・N・フィッギス、G・D・H・コール、R・M・マッキーバーらによって説かれていた。河合はすでに留学前の「経済学史」講義において、「最近時代」の思想として、「個人の集団を重しとする思想、所謂Group theoryなるもの」と多元的国家論の存在を紹介し、ドイツの法学者O・ギールケの『団体人格論』をF・W・メイトランドが翻訳したことでイギリス社会に広まったという事実を指摘していた。
この「多元的国家論」は、一高時代の新渡戸稲造の影響、農商務省時代の労働問題への取り組み、なかんずく結社の自由についての考え方などをみるに、一貫してその思想の根底にあったことが感じられる。
一方の理想主義的自由主義について、松井は、そのこだわりが河合の長所であると同時に、他の思想に対する非寛容をもたらしたという意味で短所でもあったとし、もし河合がJ・デューイに注目していれば、プラグマティックな思考態度をもつことができていたのではないかと指摘している(331頁)。
河合の弟子であった大河内一男に関しては、本書は、師に対する不誠実さ、教育者としての不完全性という点において批判的である。
なお、「大河内理論」については、最近目を引いたものに「大河内一男の社会政策学から決別し、労働経済学を志したとは言え、氏原正治郎の発想は大河内のそれと根本的に異質なものではなかったといえよう」(『「労使関係論」とは何だったのか(14)』(インタラクティヴ読書ノート別館の別館)という指摘があった。このあたりの理論的系譜については、いずれまとめて読んでみたいところ。