ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

トーマス・カリアー(小坂恵理訳)『ノーベル賞で読む現代経済学』

 1969年に最初のノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)を受賞したフリッシュ、ティンバーゲンから、2009年に受賞したウィリアムソン、オストロムまで、計64名の受賞者の業績と人物像を、著者なりに整理されたテーマ別にまとめている。原題は"Intellectual Capital: Forty years of the Novel Prize in Economics"。文庫版解説では、2010年から2019年までの計20名の受賞者の業績についても簡単に触れられており、この一冊で、現代経済学の大宗を俯瞰することができる。
 本書の特徴について触れると、類書にみられる時系列的配置ではなく、テーマ別の整理となっている。また著者自身の見解もふんだんに記載されており、文庫版解説に記載されているように、「自由主義者ミクロ経済学者、金融経済学者、新しい古典派のマクロ経済学者、ゲーム理論家、計量経済学者たちに対して、かなり批判的な態度が見られる」一方で、「行動経済学GDPなどの国民経済計算等の発明、経済史、制度の経済学などに対しては、比較的優しめ」の記述となっている。特にシカゴ派の経済学者については厳しく、一方で、ガルブレイス、ロビンソンについては、ノーベル財団はこれらの功績を何らかの形で評価すべきだとする。
 著者自身の考えは、人々にとって重要なトピックや現実的な価値を持つ研究を認めるべき、というもので、一理あると思われる一方、数学者や統計学者を選ぶべきではない、というのはやや行き過ぎではないかとも感じる。(であれば、心理学者のカーネマンについてはどう考えるべきか。)

ハイエクフリードマン

 本書の中では、ともに自由市場主義者に分類されるハイエクフリードマンであるが、この二人のマクロ経済政策に対する見解の違いについてもまた、詳しく記載される。

 そもそもハイエクのほうでも、シカゴ大学経済学部をそれほど高く評価しているわけではなかった。たしかにハイエクフリードマンは多くの見解を共有している。しかし、経済理論に対するフリードマンの大きな貢献、すなわち実証主義マネタリズムのふたつをハイエクは槍玉にあげ、経済のあらゆる現象に関して原因と結果を単純に考えすぎるあまりあやまちが繰り返されていると批判した。それでもお世辞を言うだけの余裕はあって、フリードマンの文章は簡潔でわかりやすいと持ち上げているが(間違いなく皮肉である)、その一方フリードマンの『実証経済学の方法と展開』に対し公式に批評しなかったことを後悔していた。ハイエクにとってこの著作は、「ケインズの『貨幣論』と同程度に危険なもの」に映ったのである。[pp. 48-49]

 リバタリアンの哲学を自由市場への情熱と融合させることは、ハイエクにとってもフリードマンにとっても難しくなかった。どちらも小さな政府を目指すからだ。しかし、リバタリアンの哲学を科学的客観性と結びつける難しい。たとえば、市場調査の結果がリバタリアンとしての価値観と矛盾するときにはどうすればよいか。科学的客観性とリバタリアンの原理のどちらを優先させればよいのか。この根本的な問題に対し、ハイエクフリードマンの回答は異なっていた。恐らくフリードマンよりも哲学者として優秀なハイエクは、経済学で科学的客観性を守ろうとしても時間の無駄だとしてジレンマを解消した。市場は規制されないほうがよいと信じていればそれで十分とし、科学的な正当化が必要だなどと思わないように諭した。経済データに埋め込まれている真実は、経済学者には簡単に発見できないとハイエクは信じていた。経済学賞受賞者としては興味深い発想である。
 しかしフリードマンのほうは、それほど簡単に科学への情熱を放棄しなかった。何しろ彼は、経済学は客観的にも科学的にもなり得る学問であり、政治や個人的偏見に影響されないとする"実証経済学"で有名になった人物である。フリードマンは、科学的研究と政治・思想上の立場とは切り離せると主張した。科学の「帽子」をかぶっているときには、考案した理論をデータにもとづいて客観的にテストすることが可能であり、フリードマンはこれを実証主義と呼んだ。一方、政治の帽子をかぶっているときには、必ずしも科学的とはいえない政治的な見解であっても自由に表現することが許され、これを"規範主義"と呼んだ。科学者フリードマンと政策提言者フリードマンとの間に一貫性がなくてもかまわない。前者は科学を追究し、後者は見解を述べる。クローゼットにふたつの帽子が用意されていれば、客観的な科学者とリバタリアンの間に矛盾は存在しないと言うのが彼の言い分だった。[pp. 63-64]

 ハイエクフリードマンの違いについては、本書の視点とはやや異なる(実証主義よりもマネタリズムの方に関係する)が、稲葉振一郎新自由主義の妖怪 資本主義史論の試み』の中でも指摘されている。同書では、フリードマンが管理通貨制度の支持者でありマクロ金融政策に積極的な立場をとるのに対し、ハイエクはそのような立場をとらず、むしろ金本位制への復帰を志向していたきらいもある、と指摘する。

「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み

「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み

  • 作者:稲葉 振一郎
  • 発売日: 2018/08/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

指向と趣向

 過去十数年のノーベル経済学賞の受賞理由には、一定の指向性があるようにもみえる。2007年の受賞理由はメカニズムデザイン論であるが、その後、特に2010年、2012年、2020年辺りに共通し、「市場を創る」視点からの研究が受賞理由となっているように感じる。また、2017年は行動経済学であるが、近年は実際の政策にもその研究成果は取り入れられており、2019年は貧困政策を因果推論により評価するもので、やはり実際の政策に新たな視点を持ち込む研究である。

 なお個人的に今後の動向に関心を持つのは、脳科学とも関連する神経経済学の分野である。また本書で取り上げられた受賞者の中では、シェリングの研究に興味を持つ。さらに「この中で好きな経済学者は誰か」と問われれば、恐らく「アローの不可能性定理」で知られるケネス・アローを上げる。