ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

ラグラム・ラジャン『フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く』

フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く

フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く

 本書は、グリースパンがFRB議長として最後に出席することとなったジャクソンホール・シンポジウムにおいて、主催者の意図に反し、ラジャンが金融機関が保有するリスクの高まりを指摘したことに触れるところから始まる。この金融機関が抱えるリスクという不都合な事実は、ラジャンにとり、世界経済にはしる亀裂、経済全体に大きな危機を生じさせる可能性のある「大断層」のひとつであった。
 「大断層」とは、経済主体がもつゆがんだインセンティブによって、それぞれの経済主体は合理的に行動しているにもかかわらず、意図せざる結果として生じるものである。
 米国ではスキル選好的な技術革新によって学歴間の所得格差が拡大し、所得階層間の移動への期待が低下している。これは、米国社会をこれまでよりも所得再分配的な政策に傾斜させることにつながるが、所得格差によって進む議会の二極化は、税制と所得再分配について意見を一致させることを難しくする。1990年代初頭の中間階層の所得の停滞に直面し、政治的な支持の得られやすい政策として、低所得者であっても借り入れのしやすい制度が政治的に推進された。
 一方金融機関は、格付けの高い資産担保証券という長期的な債務を、そのバランスシートにおいて、短期の借り入れに対応させた。確率は低いが規模の大きなテールリスクと流動性リスクを引き受けることで、金融機関の経営者は「銀行を賭ける」ことになった。このような金融機関におけるリスクの高まりは、利益に付随する巨大な報酬と「グリーンスパン・プット」─FRBはギャンブルの儲けには上限は設けないが、負けたときの損失には下限を保障するというコンセンサス─により、経営者のインセンティブがゆがんだことで生じた。

 本書では、日本やドイツ、そして近年の新興国における輸出による経済成長にひそむ「断層線」についても大きく取り上げている。発展途上国が成長するためには、その初期段階で、大規模な物的資本を効率的に配置する組織構造─組織資本─が必要である。組織資本が確立し得る民間セクターに経営資源が割り当てられるよう、管理資本主義によって、輸出主導の経済成長を可能にするが、一方で、そうした国では、消費が不自然なほど抑制されることで国民生活が犠牲となる。これは、高度経済成長期の日本にも当てはまるが、やがて設備投資は減速し、資本財の輸入も大幅に減る一方で、消費は抑制されたままとなり、大幅な輸出超過を計上し続けることになる。
 このあと、日本の国内部門に関するラジャンの記述(日本のホテルに関する実例など)にはやや誇張がみられるが、国内サービス部門の低生産性(高価格)や国内需要の縮小が輸出主導経済の裏側としての事実であったことは、少なくとも、1990年代以降の長期停滞期以前の日本を考えたときには総じて事実であるといえるだろう。このような経済が続くと、国内市場を拡させることができず、金融の機能は退化する。また、政府と生産者の結束によって、財政支出の拡大はむしろ非効率を促進する。この長年の習慣を変えるためには強固な意志が必要だが、現状の「心地よさ」は緩やかな退化の可能性を強めることになる。こうした中に、ラジャンは、日本の「断層線」の存在をみている。