備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

小島武仁『マッチングの科学:理論と実践』

gogatsusai.jp

 東京大学五月祭の講演をYouTubeで聴いたので、自分なりに理解したところを記録した。
 なお、講演で用いられた資料は公開されていないが、財務総合政策研究所ホームページに公開されている資料*1とほぼ同じである。


 市場経済では、需要と供給の価格調整メカニズムにより効率的な資源配分を実現するのに対し、マーケットデザイン*2では、需要として現れない社会的ニーズに対し、限られた資源を効率的に配分する仕組み、制度の実装を目指す。具体的な理論としては、マッチング理論やオークション理論*3。前者において目標とするのは、①安定マッチングと②耐戦略性であり、①は、実現したペアよりも好ましいペア(ブロッキングペア)が存在しないこと、②は、嘘の申告をしても自分に有利なペアが実現しない(不満や不公平感が生じない)ことを意味する。具体的なアルゴリズムとして、ゲール=シャプレーによるもの(GSアルゴリズム)がある。

ゲール・シャプレー(GS)アルゴリズム
(Deferred Acceptance Algorithm, “DA”)
 
ステップ0:

  • 応募側(e.g.学生)・受け入れ側(e.g.大学)ともに希望順位リストを提出.残りはコンピュータが処理

 
ステップ1:

  • 任意に選んだ学生が第一志望の大学に「出願」
  • 大学は学生が希望順位リストに載っていれば仮合格、でなければ不合格

 
ステップ2以降:

  • いま仮採用されていない任意の学生が(もしあれば)次の希望大学に「出願」
  • 大学はすでに仮採用している学生(もしいれば)と新しく応募してきた学生全体から募集定員まで希望順に仮合格、残りを不合格
  • 新たな不合格が出なくなったステップでマッチを確定

 GSアルゴリズムは、コンピュータで簡単に実装することが可能であり、学校選択制、待機児童問題、研修医の配置、組織内人事、ワクチン接種など、様々な分野で、既に社会実装が進んでいる。ただし研修医同士がカップルになるケースや、きょうだいの保育園探しなど、GSアルゴリズムでは個人にとって好ましくない配分が生じることがあり、うまくデザインを改善する必要がある(ループの発生やステップ数の増加が生じ得る)。兄弟の保育園探しについては、現在進行中のプロジェクト(多摩市)がある。

 東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)では、CyberAgent AI Lab.と共同で、こうした様々な社会的課題の解決に取り組んでいる。

www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp

 マーケットデザインは社会主義を目指すのではなく、アルゴリズムという(社会主義的な)仕組みで、個人の希望を効率的に実現する。自由放任ができない分野において、マーケットデザインは有効性を発揮する。

 以下感想であるが、事前情報をもとに、現実的な運用が可能になるよう限られたステップ数で効率的な配分を実現するアルゴリズムを研究する、という意味では、マーケットデザインは(深層学習と同様)現在進行形で論文が量産されている分野なのでは、との印象を受けた。経済学と工学の垣根は、しだいに小さくなりつつあるのかも知れない。
 また、11月の駒場祭では、労働経済学分野の実証研究に関する講演が行われており、経済学のどの分野に東大生の関心が強いか、この辺りから窺うことができる。

www.komabasai.net

*1:https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/fy2021/lm20220316.pdf

*2:類似の概念に、ハーヴィッツらに代表されるメカニズムデザインという理論があるが、マーケットデザインは、その現実への実践に関わる分野を意味する言葉のようである。

*3:効用関数に関し、マッチング理論では序数的効用を仮定するのに対し、オークション理論では基数的効用を仮定しているようである。