備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

中室牧子『「学力」の経済学』

「学力」の経済学

「学力」の経済学

 教育については誰もが持論を持ち、自分の意見を述べたがる。また、「自分が病気になったときに、まず長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子どもの成績に悩む親が、子どもを全員東大に入れた老婆の体験記を買う」(本書で引用されている西内啓『統計学が最強の学問である』の中の言葉)といったように、例外的な個人の体験談が注目されがちな分野でもある。根拠のない主観的な持論が語られるのは世間一般においてだけでなく教育政策の現場でも同様であり、結果的に、科学的根拠のない政策に多額の予算が割り当てられることにもつながる。著者が本書を通じて訴えるのは、主観的な持論がまかり通る日本の教育政策への警鐘であり、また、学力テストに関するマイクロデータを利用できるようにすることで、多くの科学的根拠、エビデンスを積み上げることが可能になるよう、研究環境を整えることである。

 本書は、一般の親たちが知りたいと思い、また、それ自体が教育政策に通じる「学力を高めるには何が重要か」との疑問に対し、さまざまな仮説と欧米の研究事例を通じて答えていく。理論のベースとなるのは「教育生産関数」であり、これ自体は、マクロ経済学でいう成長会計のモデルを応用したものである。ただし、「学力を高めるには何が重要か」との問いに真に答えるには、学力と、それに関係し得る家庭や学校の資源との「相関関係」をみるだけでなく、「因果関係」を探ることが必要である。そこで用いられるのが「ランダム化比較実験」である。これは、セレクションバイアスのない二つのグループの一方に政策介入を行い、時間が経過した後、これら2つのグループ(処置群・対照群)の間に生じる学力の差を比較することで、政策介入の効果を測るものである。本書でサーベイされる研究のほとんどは、何らかの「実験」をもとに、因果関係に留意する形で行われている。「ランダム化比較実験」については、数年前に出版されたバナジー、デュフロ『貧乏人の経済学』を通じて、当時話題になったと記憶している。
 さらに「実験」の結果を解釈する上で、「双曲割引」(近い将来の時間割引率が遠い将来のそれよりも高くなること)など、行動経済学の知見が考慮される。例えば、「勉強は将来ためになる」といって子どもに勉強をさせようとしても、その便益は遠い未来の話であるため、いま現在の子どもの行動にほとんど影響を与えない。また、教員への成果主義において、成功した場合にボーナスを「得る」という形の制度よりも、成功しなかった場合にボーナスを「失う」という形の制度の方が効果が大きくなる。これは、人は得たものを失うことを嫌がる傾向を持つという「喪失回避」により解釈できる。実験経済学や行動経済学の手法・解釈は、欧米の教育経済学において、既にその主流の位置を占めていることが、本書を読めばよく分かる*1。このように本書は、教育経済学の近年の研究動向に関するよく纏まったサーベイともなっている。

 この他にも、さまざまな研究結果が紹介され、それぞれに興味を引くものであるが、例えば、

  • テレビやゲームが子どもの肥満や問題行動、学習時間に与える影響は小さく、1日1時間程度のテレビやゲームは子どもの発達や学習時間にほとんど影響を与えない。しかし、テレビやゲームの時間が1日2時間を超えると、発達や学習時間への負の影響は飛躍的に大きくなる。
  • 「インプット」にご褒美を与えることの効果は、「アウトプット」にご褒美を与えることの効果よりも大きい。ただし、成績を上げる方法を教え導いてくれる人がいる場合はそうとは限らない。
  • 習熟度別学習は、特定の学力層の子どもだけでなく、全体の学力を押し上げる。単に、学力の高い子どもが周囲にいることがプラスの影響を持つわけではない。1人の問題児の存在は、学級全体の学力に負の因果効果を持つ。
  • 子どもへの人的投資の収益率が最も高くなるのは、小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)である。人的投資の収益率は、子どもの年齢が上がるごとに小さくなる*2。就学前教育は、雇用、生活保護の受給、逮捕率などにも影響を与え、社会全体の収益率(社会収益率)をも高める。
  • IQや学力テストで測ることができる能力以外の「非認知能力」(意欲、自制心、リーダーシップなど)を過小評価してはいけない。 学校は単に勉強する場所ではなく、「非認知能力」を培う場所でもある。
  • 少人数教育は学力を向上させる効果はあるが、費用対効果は低い。教育の収益率についての情報提供を行うことは、最も費用対効果が高い。
  • ゆとり教育が実施された年に子どもの学力格差は拡大した。学歴の高い親に育てられた子どもは、土曜日の学習時間の減少を平日の学習時間の増加で埋め合わせたが、学歴の低い親はそのような行動を取らず、学習時間の格差が生じた。

といった感じである。こうした知見は、教育政策に活かすことで、予算を効率的に使うことにもつながる。

 著者は、国の予算の厳しい獲得競争の中、文教予算は15年で 20%削減されてきたことを紹介する。一方、日本の財政赤字から、教育にのみ無尽蔵にお金を使うわけにはいかないとし、だからこそ国や家計が教育にかけられる予算をどのように使うのかが重要なのだとする。もちろん、国の予算のゼロサム的状況はマクロ経済政策上の課題であって、教育政策に割り当てられるべき課題ではない、との批判は可能であり、恐らくその批判は正しい。さらにいえば、文教予算の拡充は、将来的に、国の生産性を高めることにもつながる。とはいえ、予算を効率的に使うこと自体は言うまでもなく正しい方向性であり、そうした批判をもって本書の価値が下がるものではない。

*1:「ランダム化比較実験」は、計量経済学的な因果性分析と違い直感的に理解しやすいため、政策現場で用いることが容易である点も見逃せない利点である。

*2:日本の場合、高校3年間の投資に対する将来収益が最も高くなりそうな印象もあるが、そもそも勉強の「仕方」が分からなければ、投資は効果を生まない可能性もある。