ラスカルの備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

東浩紀『ゲンロン戦記 「知の観客」を作る』

 2010年に創業された株式会社ゲンロンのこの10年間の歴史を、創業者で2018年末まで代表を務めた哲学者、批評家、東浩紀の視点でから振り返るもの。筆者は(本書の「はじまり」に記載があるが)1993年に柄谷行人浅田彰が共同編集する論壇誌『批評空間』でデビュー*1、1998年にジャック・デリダに関する哲学書存在論的、郵便的』を出版している。自分が持つ筆者「東浩紀」に対する認識も、この時代のそれが中心を占めており、その後『郵便的不安たち』や、当時話題に上がった『動物化するポストモダン』は(かなり遅れて)読んだものの、柄谷・浅田に見出された若手批評家、「否定神学」批判や「超越論的」対象の複数性に関する(概ね同年代の)論者との位置付けから、いまもさほど変化していない。(そのためか、本書の中程で、ゲンロンカフェにて浅田彰の還暦祝いをやった、との話を読んだ時はとても感慨深かった。)
 なお『存在論的、郵便的』の表紙裏に記載されている著者略歴の写真は、本書の表紙の写真とは、まるで別人である。

 本書の位置付けは確かに哲学書でも自伝でもないが、自分としては「2010年代の人文・哲学分野のマーケットとはどのようなものであったのか」というメッセージ性を強く受けた。ゲンロン(というよりも筆者自身)が当初、その「商品」を企画する上で中心に据えたのは、いわゆる「ゼロ年代系」と呼ばれる若手論客とのことで、当時は筆者自身もサブカル批評や情報論でそれに近い世界観を有していたものと思われる*2。しかし結果的にその試みは成功せず、後半では、その試み自体「ホモソーシャル」なコミュニティへの嗜好性として否定的に捉えられることになる。
 自分自身は「ゼロ年代系」の論壇にはこれまであまり関心を持たず、一方で学術書論壇誌の影響力が(ネット上のそれを含め)しだいに縮小する中、オンライン・サロン、あるいはオフラインのコミュニティ、教育事業、動画配信コンテンツ等が、大学、マスメディア等の既存の権威性に依存することなく市中のどこからか現れ、独自のマーケットを形作っていくのがいまの動向ではないかと感じていた。こうした動向は別に人文・哲学系のコンテンツに限られるものではなく、自然科学や社会科学系のコンテンツでも同様にみられるものである*3
 本書の第3章「ひとが集まる場」には、ゲンロンがこうしたマーケットの形成に果たした役割、特に、その試みが各種コンテンツのデフォルト的価格設定にもつながった可能性が述べられている。筆者は、これをイノベーションと捉えており、イノベーションを産む上での「誤配」(自分のメッセージが本来は伝わるべきではない人に間違って伝わってしまうこと、本当は知らないでもよかったことをたまたま知ってしまうこと)の重要性を指摘する。

 ゲンロンはもともと、若手論客が集まる出版社を目指して創業されました。ところがいつのまにか若手論客はいなくなり、出版も暗礁に乗り上げた。
 そんななか、ゲンロンを救ってくれたのが、カフェとスクールというふたつの「誤配」から生まれた事業だったわけです。そのような経験を経て、ぼくは、ゲンロンというのはけっしてぼくの哲学を伝えるための媒体なのではなく、ゲンロンそのものがぼくの哲学の表現だと自覚するようになったのです。[p. 95]

 2010年代、(ゲンロンではなく)むしろ言論を救ったのが、そうした形態の事業だった可能性もある。

観光客の哲学

 上述のように本書は哲学書ではないが、筆者が近年述べるようになった「観光客の哲学」については、ゲンロンの未来とも絡め、最終章で明確に取り上げられる。

 ぼくは『観光客の哲学』で、コミュニティには、「村人」(友)でも「よそもの」(敵)でもない第三のカテゴリの人々が必要で、それが「観光客」なのだと主張しました。ぼくがいま言っているのは、それと同じことです。観光客を集めるためには商売をするしかありません。観光客=観客は、村が質のよい商品を提供するかぎりで、村に関心をもってくれます。それは冷淡な態度にみえるけれど、そのような人々に開かれることでのみ、ひとは「村人」と「よそもの」の世界を分割する単純な思考から抜け出せるのです。貨幣と商品の等価交換こそが、友と敵の分割を壊すのです。[p.253]

 ゲンロンという場が生み出すのは、プロの書き手だけでなく、それに対価を支払う(教養を持った)「観客」で、さもなくばそれを取り囲む層は「信者」と「アンチ」だけになる。課金システムも重要で、SNSのような無料のコミュニティーでは、スケールは大きいものの(あえて「炎上」することでマーケットを広げるような)軽薄な言論に終始する。
 またそれはオンラインサロンが想定するユーザー層とも異なる。筆者は、オンラインサロンに集う人々は、「カリスマ」に(論理的な判断ではなく)感情でつながる人々で、そのビジネスは、「信者」が「アンチ」に変わる前にできるだけ効率的にお金を集めてしまおう、というものだと看破する。

 一方でゲンロンにも(筆者はそれをオンラインサロンと同一視することには否定的だが)友の会組織があり、年会費を支払うことで、『ゲンロン』の配賦、カフェの割引サービスが受けられ、年1回、会員限定のパーティが開かれる。また第5章のアンケート結果などもみる限り、人文・哲学系マーケットの性、年齢、職業等の属性、「求めるもの」等の傾向にはあまり目新しいものはなく、「ホモソーシャル性」の傾向にかつてとの違いはないように感じられた*4。ゲンロンが本格的に「東浩紀」という一人称から離れるのもまだ先であり、果たしてそれが可能かどうかも、いまのところはわからない。加えて「左翼の内ゲバ」のような混乱が数年おきに生じているようにもみえる…
 5年後10年後にゲンロンがどのような姿をみせてくれるのか、付かず離れずの立場から、引き続き眺めていきたいと感じる。

*1:デビュー作は『ソルジェニーツィン試論--確率の手触り』。ソルジェニーツィンの文学をドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』にある大審問官説やカフカの文学と比較しながら、隠された「『根源的』な問い」を露わにし、その回答を「確率」的なもの(「無作為抽出」的なもの、の意か)として捉え直す。このような「根源性」の探究(「否定神学」批判)は当時の社会思想・文芸批評論壇によく見られたもので、同時代性が感じられる。

*2:というよりも「ゼロ世代系」論客のスタイルの原点は概ね「東浩紀」にあるのではないか、と当時は考えていた。いわゆるリーマンショック前の時期ではあったが、就職氷河期など若年雇用の問題はほぼ顕在化していた。個人でウェブサイトを開設しても一定の「顧客」が見込まれた時代であり、人文・哲学系マーケットはいまよりも活況を呈していたように思われる。

*3:こうした動向には、(かつては全くフィージビリティがなかった)クラウドファンディングによる資金到達が現実に可能になったことも加えることができる。

*4:本書では「IT関係」(起業家だけでなく会社員も含まれると思われる)のウェイトの高さが強調されているが、この点は2000年代後半から2010年代前半にかけてのネット経済論壇にも共通していたように思う。現在、情報系学科の人気は極めて高いが、同様の傾向は1990年代前半頃にもみられた。しかしその後、情報系の人気は凋落、「デスマーチ」といった言葉に代表されるように世間にも「IT土方」的イメージが広がった。ゲンロンもネット経済論壇と同様、1990年代以前からのITブームに乗り当該産業に入職した層に対しカタルシス効果をもたらした可能性がある。現在のITブームは、その何度目かの反復であるが、外資ベンチャーが中心を占めるところにかつてとの違いがある。