備忘録

ー 経済概観、読書記録等 ー

濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』

 2009年に刊行した『新しい労働社会』において、著者は日本とは異なる欧米諸国の雇用システムを「ジョブ型」と名付け、それとの対比から、日本の雇用システムを「メンバーシップ型」という観点で説き起こした。近年、日立など日本の大企業が目指す賃金・雇用管理制度の見直しに関し「ジョブ型導入」との報道がなされ、その内容が日本的雇用慣行に染まる文脈から抜け切れず、ジョブ型への誤った理解をもたらしかねない危うさを孕むものであったことから、著者は「覚悟を決めて」本書を「世に問うことにした」とのことである*1

 本書では、本来のジョブ型とはどのようなものかを確認しつつ、日本の雇用システムを入口から出口、賃金、労働時間制度や労使関係に至るまで、細部に渡り、「メンバーシップ型雇用」という観点から徹底的かつ過不足なく論じ切る。

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新型コロナの影響を受けた2020年の国内経済

先月24日に国民経済計算年次推計(フロー編)が内閣府経済社会総合研究所より公表された。この統計では、家計貯蓄率、純貸出(+)/純借入(-)(いわゆるISバランス)、政府のプライマリーバランスなどが注目される。

www.esri.cao.go.jp

結果のポイントをみると、

  • 名目雇用者報酬は減少したが、労働分配率や家計貯蓄率は大幅に上昇
  • 制度部門別のISバランス(対GDP比)は家計のプラス幅が大幅拡大し、その反面、一般政府のマイナス幅は大幅拡大
  • 一般政府のプライマリーバランスはマイナス幅が拡大

といった点が注目される。総じて、新型コロナの国内経済への直接的影響や、特別定額給付金など政府からの移転の影響を反映するものとなっている。ただし、これらは2020年単年でみた場合のフローの動きである。政府からの移転は一時的なショックを緩和する上で重要ではあるが、翌年度の前年比には逆向きの影響を与える。

本稿では制度部門別所得支出勘定のデータを中心に、可処分所得や貯蓄の動向、雇用者報酬の動向について分析する。

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大沢真理『企業中心社会を超えて 現代日本を「ジェンダー」で読む』

初版は1993年で2020年に改めて文庫化されたもの。タイトルに明示されるとおり、本書では、日本経済がオイルショックを効果的に乗り越えることができた理由として世界的にも評価された日本的雇用慣行を「ジェンダー」の視点から批判的に読み解き、唯物論フェミニズムと接続した独自の労働問題を理論化する。その際、主として批判の対象とされるのは(やはり、というべきか)小池和男の「知的熟練」であり、小野旭、野村正実、橘木俊詔から、小池の理論的出自ともいえる氏原正治郎まで取り上げ、家事労働の責任を負うことのない日本の男性労働者の「特殊」性に輪郭を与える。

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今年の10冊

恒例のエントリーです。以下、順不同で。

岡崎久彦『戦略的思考とは何か』

1983年刊。現在、ソ連は既になく、中国が著しく台頭しその核心的利益が明確になる中、日本の周囲の情勢は様変わりしているが、本書にある「思考の型」は今でも当てはまる。日本の地政学的、或いは米国の勢力圏としての位置付けに、今も何ら変わりはない。例えば、集団的自衛権の必要性、何故アメリカがそれに強く拘るのかも、本書の「思考の型」を当て嵌めればよく理解できる。デモクラシーの下での戦争、情報重視戦略など、頁を捲るごとに学ぶべきポイントが次々に現れる。日本がこれまで如何に恵まれた環境にあり、情勢判断も戦略もない「単純思考」でも生き残ることができたのは何故なのか、つくづく思い知らされる。日本の進路とは、主体性は持ちつつも、「決定」すべきものではなく、「発見」すべきものなのだろう。

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兵藤釗『戦後史を生きる 労働問題研究私史』

兵藤釗という「労働問題」研究者の人生史。主著は『日本における労資関係の展開』と『労働の戦後史』。かつて、「社会政策から労働問題へ」との提言に始まった日本の労働問題研究であるが、日本経済がオイルショックを乗り切り、80年代末に社会主義革命の不可能性が明確となる中で、労働研究は企業活動の一側面に関する実証的研究となり、文字通り、「労資関係」は「労使関係」として捉えられるようになる。そうした現状を踏まえつつ、聞き手の一人は、その現代的意義について次のように述べる。

つけ加えておきますと、若い人はまた労働問題研究になっています。ただし、かつてのような労働問題研究ではなく、非正規労働であったり、過労死であったり、女性労働問題などです。労働は問題なのです。しかしその問題は、兵藤さんたちが氏原さんから引き継いだ「労働問題」とは違うんです。[pp.495-496]

また本書には「日本型福祉社会」論に関する話も出るが、その議論も、少子高齢化が進み世帯の在り様も変わる現代においてはリアリティを失っており、労働問題も、社会保障に関する議論と併せ、国家や制度といったもの抜きには語れなくなっているように思われる。

本書には、医学部の問題に端を発する東大紛争について、当時の経済学部教員としての視点から、その内実を含め、総長辞任に至る過程が語られており、史実の記録としても重要である。

牧野邦昭『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』

 2018年刊。秋丸機関とは、陸軍省に設置された戦争経済を研究する機関であり、経済学者の有沢広巳らが参加した。ケインズが『一般理論』を刊行した1936年以前、あるいはレオンチェフの産業連関表はまだ使われていない段階での戦争経済・抗戦力研究であり、手法としては、「再生産」の考えに基づくマルクス経済学の「科学的」手法が用いられたと考えられている。

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真の失業率──2021年6月までのデータによる更新

 完全失業率によって雇用情勢を判断する場合、不況時に就業意欲を喪失し労働市場から退出する者が発生することで完全失業率が低下し、雇用情勢の悪化を過小評価することがある。この効果(就業意欲喪失効果)を補正し、完全失業率とは異なる方法で推計した「真の失業率」を最新のデータを加えて更新した。

 6月の結果をみると、完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月より0.1ポイント低下、真の失業率(季節調整値)も3.4%と前月(3.6%)より0.2ポイント低下した。

 所定内給与と消費者物価の相関に関する5月までの結果は以下のようになる。

 なお、今後は「真の失業率」に関する月次のエントリーは行わず、ダウンロード用のデータを随時、更新することにより、推計データを公開します。

(注)本稿推計の季節調整法は、完全失業率(公表値)を除き、X-13-ARIMA-SEATS(曜日効果、異常値はAICテストにより自動検出(モデルは自動設定))としている。

(データダウンロード)
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